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空虚感について

rrr_shimizuさん

空虚感について

よく、鬱病患者についての症状の説明等において「常に空虚感が」というような言葉を見ます。
最近は○○の影響で若者は空虚感にどうこう......
と、いうような。
これらの症例のある人間が空虚感を持つ理由は何でしょうか。

また、理由があるにしろないにしろ、それを薬やカウンセリングで治療する理由は何でしょうか。
よろしくおねがいします。

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dokibunsyunさん

あなたは、いいところに着眼されましたね。
空虚と言うことについて、私の体験をまじえお答えしてみたいと思います。
空虚にもいろいろな度合いがあります。深さや密度の違いがあります。
それら空虚の中で、もっとも危険なのが「摩訶止観」という仏典で取りあげているところの魔坑(まこう)と言うものです。
それでは、なぜ空虚に至るのか。
空虚とは何か。
空虚とは、心や精神の虚ろな状態を言います。まさに「いのち」の充実の反対に位置します。
「いのち」から離れた精神や心的状態を言います。
例えば、空虚とは疲れた後の虚脱感みたいなものですが、それが肉体的虚脱感ではなく、精神的、心的虚脱感と言えましょう。
そういった空虚はさまざまな理由でもたらされます。
閉ざされた生活。無為で遊惰な日々。長い孤独。精神的過労。人間不信。等々、数えあげたらきりがありません。
空虚は精神を病むことには違いありませんが、精神を病むのはまだ軽症で、今度はさらに頭脳の空虚(頭の中がしーんと空無になる)となると、非常に危険になります。
私は、若い頃、おおかた結婚するまでの28歳くらいまで、自堕落な暮らしを送っていました。
それこそ、デカダンスと虚無の生活です。
虚無というものも、言葉としてではなく、体内にひそむ恐怖として体験しました。
意識の網の目が張り裂けそうになるほどの、狂気を伴った恐怖です。
以後、長い年月、現実感が奪われる症状に襲われるようになりました。
幻覚に襲われたのも度々です。
現代科学の信奉者である合理主義者には話しても信じてもらえないでしょうが、結婚した当初、長女が死産し、ある祈祷師からお札を頂戴しそれを柱に貼っていると、ある時そのお札に黒いものが吸収されていくのを見たこともあります。
その他、さまざなな不可思議な現象とも遭遇しました。
私の場合、頭がしーんと静まりかえるような空虚でした。
その空虚を脱するに、人生という土壌に身をもってもまれるという長い年月を要しました。
頭の空虚には「魔」がひそむと言われています。
そのことを見事に描いているのが、ドストエフスキィの「悪霊」に出てくるニコライ・スター・ヴローギンという人物です。
私は、その作品を読んで、ドストエフスキィも「魔」を体験したのだなと直感しました。
頭にひそむ「魔」
それは、非常に危険です。
さまざまな霊障に襲われることの予想されるからです。
こういうことを言っても、おそらく世の大半の人は信じないで馬鹿にするにちがいありません。
なぜなら、自らそういった体験を持たないからです。
「魔」を脱するには我を忘れて生きること。
身体をいっぱい働かせること。
人が好きになり人が信頼できること。
「おはよう」でも「ありがとう」でもいい、自分の方から先に自己表現をこころがけること。
頭を斬り捨て、人生という大海に溺れる覚悟で飛びこむこと。
木偶の坊になって、率先して「損な生き方」を選ぶこと。等々。
自由には、下手をすれば空虚という巨大な坑(あな)が待ち受けているということを肝に銘じて置いて下さい。

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  • 編集日時:2007/3/9 20:46:11
  • 回答日時:2007/3/9 20:32:45

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tottokosaさん

人生において向かうべき方向がわからないという事ではないでしょうか?

一時しのぎには薬により感情をコントロールする事が、本質的にはカウンセリングにより自分の人生に意味を与えるきっかけをつくる事が有効だと思います。

生命の存在意義を考えるブログを立ち上げて見ました。暇があったら覗いてみてね。
http://blogs.yahoo.co.jp/tottokosa/864662.html

pinpon0915さん

 空虚感というと何か難しい感じになりますが簡単に言うと「むなしい」ということではないでしょうか。

 自分が生きていることに何の意味があるの、がんばって勉強して、仕事して何の意味があるの、死んだら全て終わりじゃない。ましてや何の役にも立たない自分ひとり死んだって誰も困らないし。
 そんなこと考え出したら自殺は目の前ですよ。でもあなたはこういう考えを否定できますか。あなたがいないと困る人はいますか。あなたが生きていることにどのような意味があるというのですか。
 
 元気なときにはこんなこと考えもしませんが、精神的に参っていると時としてこういう思いにとらわれてしまいます。自分も一度そういうことで精神科に行き、お薬をもらいました。多分坑うつ剤と思うのですが、気分がふわふわするだけで何の効果もありませんでした。結局問題や悩みが解決しない限り本当の治癒は無いのだと後から思いました。
 
 まあ、日々を忙しくそして楽しく生きていくのが一番なんですが、もしそんなことになったら時間がすべてを解決してくれると信じて生きていきましょう。といっても質問とは関係ないですね。

roulabobbyさん

(dokibunsyunさん、貴重な体験談をありがとうございます。)

空虚感を持つに至る理由?
何でしょうね。私が勝手に思っているのは、自分自身の生命エネルギーのようなものが正しく働いていない、若しくは滞っている為にこころが病んだ結果なのではないかと思います。

何故そうなるのか?というお話はdokibunsyunさんの記述が詳細で良さそうです。


>理由があるにしろないにしろ、それを薬やカウンセリングで治療する理由は何でしょうか。

私は、あなたのこのご質問の方が気になりましてね。
これは、「空虚感があっても別に構わないのじゃないの?治療の必要はあるの?」というような疑問に感じます。

まず必要性の第一は、本人がその症状、状態を苦にし医者や心理カウンセラーの所へ治療してくれと依頼しているからでしょう。
その依頼がうつ病の治療であったとしても、この場合には本人の「空虚感」が大きな障壁となりましょうから、まずはこの空虚感を失くそうと勤めるのだと思います。

次に、一般的に「人々が持つ空虚感は良くない作用を及ぼすから出来れば治療するべきだ。」という観点は、実際に虚無感が良くない作用を及ぼすことが多いからでしょう。

我々一般的な(健康的)人間も、ときに虚無感に捉われることがあります。
中にはその状態が好きであり、なかなか居心地が良いという人も居るかも知れません。

しかしながら、それは喩えて言えばばこころの中に見つけた虚無を観察するようなもので、自分自身をしっかりと維持したままでいられます。
この状態であれば何も治療するなどという必要はないでしょう。

それに対してうつ病患者さんは、虚無の大海の中にポツンとひとり漂い浮かんでいるような状態なのではないでしょうか。
こうなりますとすっかり虚無に染まりまるでパニック状態になり、自分を取りまとめられなくなったりします。自分自身をコントロール出来ない状態だと思います。何とかして抜け出したく感じている場合がほとんどです。
(注:あまりに強い虚無感に捉われると「助けて」とも言えないほど身体的にも虚脱状態になることもありそうです。)

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