解決済みの質問
古代ローマのポエニ戦争で
古代ローマのポエニ戦争で
最初の戦いのカルタゴの敗因はなんでしょうか?
ハンニバルは何でイタリア半島北部での陸戦でそんなにめっぽう強かったのですか?
シーザーはシェイクスピアが劇にしたからだと思いますが
ハンニバルが人気者なのはなぜですか?
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- 質問日時:
- 2007/4/27 14:38:29
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- 解決日時:
- 2007/5/5 01:47:36
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- 回答数:
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ベストアンサーに選ばれた回答
第一次ポエニ戦争におけるカルタゴの敗因は、得意の海戦で破れて制海権を失ったこと。
当時の地中海の覇者だったカルタゴの海戦の戦法は、船の尖った先端を敵船の横腹にぶつけて壊し、沈めてしまうというものだった。これには相当な操船技術が必要で、古くから海洋民族として貿易・流通を支配してきたカルタゴ人(フェニキア人)ならではの戦法だった。
陸上民族だったローマ人も、多くの海洋経験を持つギリシャ人の助けを借りてカルタゴに対抗しようとしたが、初期の頃はまるで歯が立たなかった。
そこでローマは新戦法を編み出した。カラスと名付けられた橋梁装置を船に装備し、敵船に横付けすると橋を渡して甲冑を身にまとった完全武装の陸兵を敵船に乗り込ませたのだ。
カルタゴの船員は、操船技術で戦う海の男で、剣を振り回すのは最後の最後だけだった。しかも甲冑なんて身に着けていない。そんなものを着ていたら身軽に動けないから上手く船を操れないからだ。だから少人数でも完全武装のローマ兵に乗り込まれたらやられてしまうことになった。
ローマの新戦法にもカラスのために操船が難しくなることと、船の安定性が悪くなるために海が少しでも荒れると転覆しやすいという弱点はあったが、最終的にはローマの戦法が勝ったということだ。対抗するためにはカルタゴ兵も甲冑を身にまとえば良かったのかもしれないが、それは海の男としての誇りが許さなかったのだろう。
第二次ポエニ戦争におけるイタリア半島でのハンニバルの強さは親譲りだ。父ハミルカル・バルカは第一次ポエニ戦争の後半にシチリアに渡ってローマ軍と陸戦を戦い続け、イタリアにも侵攻するなど無敗を誇った将軍だった。最終的にはローマに降伏したが、それは彼が負けたからではなく、母国の艦隊が全滅して補給を断たれたからだ。
そして、ハミルカルは海戦に関係なく陸戦だけでローマに挑むことを決意する。友好国ヌメディア騎兵などの傭兵集団を組織してスペインを征服し、スペインを根拠地として陸路からローマを狙ったのだ。その壮途の途上で戦死してしまうが、ハンニバルはその父の遺志を継いだというわけだ。父から戦略・戦術・兵士の心の掴み方など多くのことを学んでいたに違いない。
ハンニバルが人気なのは何よりもその派手な戦いっぷりだ。アルプス越えルートでイタリアに侵入してローマの不意を突くという奇想天外さ、8万ものローマの大軍を5万のハンニバル軍で包囲殲滅するという戦術の教科書には必ず掲載されるカンネーの戦いの見事な勝ちっぷり、等等だ。
但し、これらの強さの背景で、忘れてはならないのが父ハミルカル時代からの友軍ヌメディア騎兵の存在だ。カンネーでの完全無欠ともいえる勝利もヌメディア騎兵の存在が大きかった。
ハンニバルは、ローマのスキピオとのザマの戦いに破れて第二次ポエニ戦争を終えてしまうが、この時の戦いではヌメディア騎兵がローマ側についていたのだ。
スキピオはザマの戦いに先んじて、ハンニバルの本拠であるスペイン方面を攻略し、さらにアフリカに渡ってヌメディア本国をも制圧してヌメディア騎兵の供給源をハンニバルから奪っていたのだ。
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- 編集日時:2007/4/27 16:07:57
- 回答日時:2007/4/27 16:02:44
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ベストアンサー以外の回答
(3件中1〜3件)
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kttyamさん
私も塩野七生さんのローマ人の物語がお勧めですね。
今は文庫本にもなってますし。
ハンニバルが強かったのは主戦力の非戦力化にあるといってますね。
カルタゴ騎兵で敵ローマ主力の重装歩兵の包囲殲滅作戦などなど。
ザマの会戦直後にスキピオ・アフリカヌスがハンニバルに対して
今までで最も優れてた武将はと聞いて
アレクサンダー大王、ハンニバル、スキピオと答えたそうです。
ザマの会戦に勝ってればアレクサンダーを抜いて自分が一番になっていたと。
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- 回答日時:2007/5/1 12:55:47
このご質問にわかりやすく、しかも面白く回答できるのは塩野七生さんの「ローマ人の物語」だと思います。第一次ポエニ戦役勃発の原因からローマ軍の勝因、そして第二次ポエニ戦役でのハンニバルの活躍と敗退、そして著者が最も書きたかったというシーザー(カエサル)の活躍など自分もわくわくしながら読みました。
古代ローマに興味がおありでしたら、この本は是非お薦めです。
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- 回答日時:2007/4/27 23:15:10
第一次戦争での敗因は、ローマに制海権を支配されたためです。
本来、海戦は海洋民族国家カルタゴの得意とするところでしたが、自国軍を持たず、傭兵で戦争をするカルタゴは、海戦技術の蓄積、研究をおろそかにしていたふしがあります。簡単に言えば、海戦の練習?を怠けていたのです。
対するローマは当時、新興国であり、海戦に不馴れだったため、常に海戦戦術に研究熱心で、知恵の限りを尽くし、また、得意の技術力を活用し、敵の船にハシゴ状の器具を打ち込み、それを渡って兵士を送り込み、無理矢理白兵戦に持ち込む、という独特の海戦戦術を誕生させています。
ハンニバルが、ここまで支持されるのは、やはり、その稀代の用兵術によるところが大きいでしょう。騎馬戦力を活用し、敵を包囲、殲滅する戦法で、軍事大国ローマに連戦連勝を誇った事実は驚異的です。特に、自軍の2倍近い敵を包囲、殲滅したカンネーの会戦は、2000年以上たった現代の陸軍の士官学校でも必ず学ぶほどの、用兵の大傑作です。また、第一次戦争で制海権を失ったため渡海してイタリア半島に侵入することができず、陸路、アルプス山脈を越えてイタリアに侵入した大胆な戦略を成功させてしまったのも、彼の天才用兵家としての名声を決定的にした要因でしょう。
騎兵と歩兵の連係プレーで敵を包囲、錯乱させる戦術は、アレクサンドロス大王、ハンニバル、そしてカエサル、という戦争の天才たちの最も得意とするところですね。
ハンニバルに関しては、下記の私の過去の回答をご覧下さい。
http://detail.chiebukuro.yahoo.co.jp/qa/question_detail/q1110793876
↓↓ハンニバルとスキピオの会話のエピソード、間違ってますよ。ハンニバルが挙げた、最も優れた用兵家は、アレクサンドロス大王、ピュロス、ハンニバルです。
皆さんが言うように、「ローマ人の物語」ハンニバル戦争編はオススメです。質問者さんが男性ならば、血湧き肉踊るでしょう!
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- 編集日時:2007/5/1 18:48:30
- 回答日時:2007/4/27 20:11:05

