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的場さんとグラスワンダー 1998年の毎日王冠で、的場さんは自身のお手馬だったグ...

koi798084さん

的場さんとグラスワンダー

1998年の毎日王冠で、的場さんは自身のお手馬だったグラスワンダーとエルコンドルパサーのうち、グラスワンダーに騎乗され、エルコンドルパサーの方は蛯名さんに乗り代わりとなりました。

その後、的場さんはグラスワンダーにずっと騎乗され続けたわけですが、グラスワンダーの最後のレースとなった2000年の宝塚記念では、これまた蛯名さんに乗り変わっています。

そこで質問なのですが、なぜグラスワンダーは最後の最後に、的場さんから蛯名さんに乗り代わりとなったのですか??
毎日王冠でグラスワンダーを選ばれて、お互い良きパートナーとして戦ってこられたように見えるだけに、この乗り代わりはちょっと腑に落ちない感じです。

一応、自分で調べてはみたものの、いまいちすっきりしません。
競馬初心者ですが、的場さんやグラスワンダーをとても好きになったので、ぜひ知りたいと思いまして質問させていただきました。

初歩的な質問かと思いますが、このグラスワンダーの乗り代わりの経緯について教えていただければ幸いです。

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ベストアンサーに選ばれた回答

kaz_520さん

正解かどうか自信ありませんが、グラスワンダーのDVDをもっているものです。DVDでの内容はでは・・・
スペシャルウィークとの死闘の有馬記念を勝ち抜いたグラスワンダーは、同じコース・距離の日経賞から6歳(現5歳)の年のスタートをさせます。ところが有馬の反動も出て、直線みるところなく6着。続いて京王杯でも惨敗。
宝塚記念をめざして調整するが、厩務員の定年もあり、新しい厩務員さんも慣れないグラスワンダーに苦労して調整ミスが目立ったそうです。
でも、宝塚直前には非常に状態もよくなったのですが、心機一転の意味で蛯名ジョッキーにかえたそうです。別に的場さんとなんかあったわけではないようです。
ところが宝塚も惨敗。レース中に骨折していて、蛯名ジョッキーは騎乗して検量室には戻れませんでした。
残念ですが、産駆にがんばってもらいたいですね。

質問した人からのコメント

  • 降参回答いただきありがとうございます!

    なるほど。的場さんと何かあったわけじゃなくて、グラスワンダーの状態や、心機一転を図ったり、的場さん自身が引退を考えておられたり、と、いろんな要素が重なっての乗り代わりだったんですねー。

    皆さんのいずれの意見もとても参考になりました。
    みなさん、ありがとうございました。
  • コメント日時:2007/6/9 11:24:57

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youyouki1107さん

もっと補足ですが

朝日杯を勝ったあと骨折してしまったように
もともとグラスワンダーは脚元が弱く常に不安を抱えていたそうです。
有馬記念を連覇した後の5歳シーズンでは
骨膜炎の症状が出て調整ができなかった。
そのため日経賞では太め残り、京王杯では反対に大きく体重を落としてしまった。
んですね~。

mj_23_mj_23さん

ヤフー競馬の最強ヒストリーより

http://keiba.yahoo.co.jp/story/saikyou/1995108676/story-13.html

的場さん自身も引退を考えていたからという説です

mild7_familyさん

前の回答者の方のような具体的な内容ではありませんが。。。
有馬記念連覇の後、日経賞、京王杯SCで見る影もなく惨敗してしまいました。
グラスワンダー自身の状態が良くなかったということが実際で、的場騎手には落ち度は全くなかったといっていいでしょう。
宝塚記念はファン投票などの要因(あくまで推測)によりグラスワンダーの再起を願い、心機一転で蛯名騎手に乗り替わり、結果は・・・
この乗り替わりに関しては、質問者の方と同じ思いを持っていたファンが厩舎に対して多くの批判がありました。
私的ですが、グラスワンダーと的場騎手で最後までレースをしてほしかったです。
回答にならなくて失礼しました。

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