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ベートーヴェンと第九

dogwood211_920さん

ベートーヴェンと第九

ベートーヴェンの第九を年末に始めて聞きました。

クラシックは良くわからないのですが、自分もいつかうたってみたいなと思いました。
聞いていて思ったのですが、あの曲って神・兄弟・創造主とかキリスト教?みたいな部分多くていまいち意味がわからないんですが、どういう情景なんですか?
あぁいったメロディーが作られるのってそれなりに周りの影響があると思うんですが、作られた時代って何か特徴的な出来事があったり、ベートーヴェンが住んでいた環境が特殊だったりしたんですか?

一番気になったのが耳です。ベートーヴェンって確か耳聞こえなくなっちゃったんですよね?この曲を作った時には、まだ聞こえていたんですか?もし聞こえていなかったら、私だったら相当落ち込んで作曲したとしてもおそらく相当暗い曲になってしまうと思います。なのにあの曲の題名は「歓喜によせて(喜びの歌)」。どうしても喜びとはつながらないと思うのですが、これもキリスト教的考えですか?

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ベストアンサーに選ばれた回答

soujanagooさん

第九はそう単純に説明できるものではありませんし、質問の規模が大きすぎて回答できないと思います。
そこまで興味を持ったなら、この機会にぜひベートーヴェンの人生を調べてみてください。
ちょっとした本を読むといいですよ。(そんなに大きなものでなくて、子供でも読める程度のものでもOK)


>神・兄弟・創造主とかキリスト教?みたいな部分多くていまいち意味がわからないんですが、どういう情景なんですか?
>あぁいったメロディーが作られるのってそれなりに周りの影響があると思うんですが、作られた時代って何か特徴的な出来事があったり、ベートーヴェンが住んでいた環境が特殊だったりしたんですか?

現代との区別もなく、単純に考えすぎでは?
約200年も前の話です。
宗教的内容だとしても当時は極普通の事です。
むしろベートーヴェンは、当時としては常識外の自由人でしたが・・・。
ベートーヴェンが住んでいた環境が特殊だったのではないかという発想がイマイチわかりません。


>もし聞こえていなかったら、私だったら相当落ち込んで作曲したとしてもおそらく相当暗い曲になってしまうと思います。
>どうしても喜びとはつながらないと思うのですが、これもキリスト教的考えですか?

これも物事を単純に考えすぎです。
ベートーヴェンにも長い人生があります。

耳のことについて言えば、彼は一度自殺も考え、遺書も残していますよ。
しかし立ち直り、その後は音楽家として大成します。
第九は晩年の作品です。
ほとんど悟りの境地と言っていいでしょう。
耳のことを悩んでいた当時の心境とは結びつきません。



やはりベートーヴェンについて書かれた本を読むのがいいです。
お勧めは、どこの図書館にも置いてある、子供(高学年)向けの伝記です。
エジソンやらニュートンやら、シリーズ化しているのが必ずありますよね?
あれなら、あっという間に読めるでしょう。
内容的にも決して馬鹿に出来るものではなく、上手にまとめて伝えてくれています。
もちろん簡潔すぎるので、興味を持ったら、一般の書籍で読みやすい物を探すと良いでしょう。

http://detail.chiebukuro.yahoo.co.jp/qa/question_detail/q1213131347

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  • 編集日時:2008/1/11 12:06:41
  • 回答日時:2008/1/8 23:32:07

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kyuuri11ponさん

↑見てみたけど、

>特にベートーヴェンの場合には音楽が私たちに語りかけることによって、つまり彼が音楽で訴えていることによって、作品を評価するべきなのである。

の続きは?
まさか文章これで終わってるの?

tangesazenyowaさん

この曲の初演はベートーヴェン自らウィーンで行いましたが、聴覚はほとんどゼロでしたから観衆の大きな拍手にも周りの人が指し示すまで気が付かなかったそうです。
ある資料では、この以前30年間シラーの詩に曲をつけたいと胸の内で思い続けていたそうです。

歴史用語でいう啓蒙思想に深く思いを寄せていたベートーヴェンにとっては、階級社会を超克するべきフランス革命には格別の期待があったようです。
いずれCDを購入されるでしょうが、この詩は近代社会の理念を表しています。「神」も出てくるでしょうが、中世のそれとは意味が違います。著名な哲学者の「神は死んだ!」という台詞が後に出るのですが、「自由・平等・友愛」がこの詩のエッセンスです。
「近代思想万歳!」と要約しても的外れにはならないでしょう。
実際、旧体制側は官憲によってアンチを弾圧していたのですが、ベートーヴェンも要注意人物だったそうです。

まあ、最初から全部わかる程度のものならつまらないもんです。
少しづつ知識を積み重ね、理会していきましょう。
ベートーヴェンは永久にあなたを待つでしょう。

poti8484さん

クラッシックの交響曲は形式的に1番、2番と番号が振られますが、これが必ずしも作曲順だとは限りません。
現に交響曲の6番は当初5番として初演され、現5番は6番として初演されました。
この曲の構想もベートーヴェンが交響曲を作曲しだす以前からあり、それは、当時ゲーテと並び称されていた詩人、
シラーの「歓喜に寄せる」に多大なインスピレーションを感じたからでしょう。

もっともその詩を全部使ったわけでもありません。全体の詩の一部を引用するかたちで作曲されました。
しかも冒頭の三行「おお友よ、このような音ではない!」、「我々はもっと心地よい」、「もっと歓喜に満ち溢れる歌を歌おうではないか」という部分はベートーヴェン自らの作詞だと言われています。

まぁ先の方も書かれている通り、人から説明を受けて理解できるモノでもありません。
その人となりが書かれた本を読むことを、わたしも推奨いたします。

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  • 編集日時:2008/1/8 23:56:07
  • 回答日時:2008/1/8 23:51:48

ritter_siteさん

この曲の歌詞は、18世紀ドイツの大文学者シラーの『歓喜に寄せる』という詩です。
ベ-トーヴェンの生きていた時代のドイツはずばり、『ドイツ』という一つの国家ではありませんでした。一応はハプスブルク家が支配する『神聖ローマ帝国』というククリはあったのですが、プロイセンやバイエルン等の王国や大司教が支配する教会国家等、数え切れない位の領邦でなり立っていました。
それぞれ中世から変わらない身分差別があり、封建的な社会で、シラーは啓蒙思想の影響でこの詩を書き、ベ-ト-ヴェンは音楽にしようとずっと温めていたのです。

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  • ケータイからの投稿
  • 回答日時:2008/1/8 23:00:10

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