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瀬戸内寂聴さんの髪の毛がまだある若いころの写真がみたいんですがありませんか?...

質問者

akio_anさん

2008/2/1116:35:30

瀬戸内寂聴さんの髪の毛がまだある若いころの写真がみたいんですがありませんか?また美人だったってのは本当ですか?

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回答数:
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ベストアンサーに選ばれた回答

2008/2/1200:10:06

美人だったってのは本当ですか=デマですね。

http://www.shinchosha.co.jp/zenshu/setouchi/ryakunen.html

質問した人からのコメント

2008/2/12 20:43:54

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chiebox007さん

編集あり2008/2/1212:06:34

昔の週刊誌とか婦人公論とかにはよく出ていたんだけどなあ・・・
たいていあまりセンスのよくない和服で、髪はひっつめで、顔立ちは普通ですね。

絶版かもしれないけど「文士の肖像110人」という写真集には
昔の名前(瀬戸内晴美さん)で出ています。

女優さんで言えば 片桐はいり さんが顔も個性的な雰囲気も似ている感じ。

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tonboritottoさん

編集あり2008/2/1116:47:06

瀬戸内晴美時代ですね。
写真がないのが残念ですが、剃髪後のお写真と同様、特別に美人というわけでもなく、容姿は普通の方でした。
ただ、男性遍歴が凄いので、男性を断つためと、これまでの自分の人生を悔い改めるために出家し、仏門に入られています。
http://image.baidu.jp/i?ct=503316480&z=0&tn=baiduimagedetail&word=%...

徳島県徳島市東大工町の仏壇店を営む瀬戸内家に生まれる。
東京女子大学在学中に結婚し、夫の任地北京に同行。1946年に帰国し、夫の教え子と恋に落ち、夫と長女を残し家を出る。
正式に離婚をしたのち、東京へ行き本格的に小説家を目指すようになった。長女とは後年和解する。
三谷晴美のペンネームで少女小説や童話を書いていたが、1956年、処女作『女子大生・曲愛玲』で新潮同人雑誌賞を受賞しデビュー。
しかし、その受賞第1作『花芯』で、ポルノ小説であるとの批判にさらされ、「子宮作家」とまで呼ばれるようになる。
テレビドラマ『女の一代記』などでも描かれたように東京に住みだした後、二人の男性と恋愛関係にあった、と語っている。
僧侶になったあとは男性との関係をいっさい断って真面目な信仰生活を送っている。~ウィキ~

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