解決済みの質問
水戸光圀の「日本刀を詠ず」の解釈について教えてください
水戸光圀の「日本刀を詠ず」の解釈について教えてください
映画『靖国』でも用いられた「日本刀を詠ず」についてです。
「詠日本刀」
蒼龍猶未昇雲霄
潜在神州剣客腰
髯慮欲鏖非無策
容易勿汚日本刀
この詩は、次のように書き下されているのをよく見かけます。
※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※
蒼龍、なお未だ雲霄に昇らず
潜んで神洲剣客の腰に在り
髯虜鏖(みなごろし)にせんと欲す策無きに非ず
容易に汚す勿れ日本刀
※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※
この読みは正確なのでしょうか??
例えば、三行目の「髯慮欲鏖非無策」は見ますと、漢字の並びからして、「皆殺しを欲す」の主語は、「髯慮」つまり外敵に見えます。また、「欲す」と「策なきにあらず」は、関係詞を用いた複文ではなく、並列されているように見えます。
そう考えると、次のように訳したくなります。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
蒼竜はまだ天空に昇っておらず、
神の国の剣客の腰に身をひそめている
外敵が(我々の)皆殺しを望んでいるが、策がないわけではない
容易に日本刀を汚すべきではない
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
こういう解釈は間違いでしょうか。
どなたか、この詩の文法構造について、ご説明いただける方、ご意見ください。
- 補足
- 補足です。
投稿ありがとうございます。でも、pirrip_pirrip_pirripさんが「主語は剣客」と判断なさった理由がやはりよくわかりません。
私としてましては、「髯慮欲鏖」とあれば、「髯慮が鏖を欲す」と書き下したくなります。 この読みが成立しない理由を教えていただきたいのです。
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- 質問日時:
- 2008/5/4 05:46:33
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- 解決日時:
- 2008/5/19 03:00:26
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ベストアンサーに選ばれた回答
「詠日本刀」
蒼龍猶未昇雲霄
潜在神州剣客腰
髯虜欲鏖非無策
容易勿汚日本刀
蒼龍,猶お未だ雲霄に昇らず
潜んで神洲剣客の腰に在り
髯虜鏖(みなごろし)にせんと欲す策無きに非ず
容易に汚す勿れ日本刀
・・・・・
3行目の「髯虜欲鏖非無策」は,漢文として甚だ不自然です。
「髯虜鏖にせんと欲す策無きに非ず」の読み下しも誤りです。
策に続けるのであれば「欲する策」ですが,これも無理です。
敢えて訓読すれば,「髯虜欲鏖」と「非無策」とに分けて,
「髯虜を鏖にせんと欲するも,策無きに非ず」となります。
鏖にされるのは髯虜すなわち外敵であって,主語は剣客です。
この作品は徳川光圀(1628~1700)の作とされていますが,
彼は17世紀の人物であり,この詩の内容からすればロシアや
イギリスなどの列強が日本周辺に侵入した18世紀末以降の
ことを述べていると思います。
光圀の時代の1673年にイギリスが通商の再開を要求してはいますが,
当時は鏖にするとか,されるとかという緊迫状態ではありません。
詩吟などでよく詠われる作品のようですが,恐らくは攘夷論が高揚
した幕末以降の漢文をあまり知らない人の作品かと思います。
【補足】
まず,あなたが引用された原文の「髯慮」は「髯虜」ですよね。
私も誤記に気づかす「髯慮」とも表記しましたが,「髯虜」に訂正します。
漢文とりわけ和漢文では,必ずしも主語が文頭にくるとは限りません。
また,この場合のように主語が省略されている場合も多くあります。
この文に「其」という字を補って,「其髯慮欲鏖非無策」とすれば,
「其の髯慮を鏖にせんと欲するに,策は無きに非ず」と読みます。
七言詩にするために,作者は「其」を省略してしまったのでしょう。
私も最初から,このように読むべきだったかも知れません。
文頭の語句が主語か目的語かということは,文章の全体から判断すべき
ことであり,ここでは剣客が蒼龍=日本刀で髯慮を鏖にするという文脈
となります。また,髯慮は文字通り「髯(髭)の虜」=西洋人(髭がある)
の虜囚ということですから,捕えられた虜囚が我々日本人を皆殺しにする
ということは有り得ません。
甚だ僭越ながら,漢文あるいは古文をよくご存知ない方が陥りそうな
誤読ですね。
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- 編集日時:2008/5/4 18:21:03
- 回答日時:2008/5/4 10:43:09
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