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遺骨をペンダントで身に付けるのは不自然ですか?
遺骨をペンダントで身に付けるのは不自然ですか?
最愛の娘を6ヶ月で亡くしました。病院でずっと入院したまま、最期を看取りました。49日を過ぎて遺骨は自宅仏壇に納めましたが、いつでも娘を感じていたくて遺骨の一部をペンダントに入れて身に付けようかと思いました。しかし、妻の両親からは生きている子供(長女)が精神的に動揺してしまうのではないか?と少々きつく云われてしまいました。勿論、長女のことも大事に思っています。しかし、どうして遺骨ペンダントと長女の精神的動揺が結びつくのか、正直私には理解できません。私の独りよがりでしょうか?遺骨ペンダントを身に着けることが後ろ向きな事とは云えないと思うのですが?私とすれば、いつでも娘を感じていることで心の平安が保てると考えて行動したのですが、理解頂けなかったようです。妻の両親は人間的も立派な方だと思うのですが、やはり子供を亡くしたことが無いとこのような心境は理解してもらえないのでしょうか?
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- 質問日時:
- 2009/4/11 01:31:17
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- 解決日時:
- 2009/4/25 03:17:15
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ベストアンサーに選ばれた回答
坊さんです。私の場合には出産直後の長男を亡くしています(先天的疾患です。)。
ご質問の「不自然ですか?」が習慣としてそのようなことをすることが有るか無いかで言えば、無いです。したがって不自然ともいえます。ただ、これは宗教上の理由ではなく、単に慣習上普通はしない。歴史上そのようなことをする習慣的な事例は無いということです(ここ数年で商業的ベースでの独自の手元供養とか言う宣伝で商品が売られ始めたことは存じています。)。
奥様のご両親のご説明は確かに私にも理屈上の理解はできませんが、しいて言えば、自己流の自己満足が主体になったことは行うべきでは無いということではないでしょうか?。
ただ、ご縁のお寺さんのご意見も聞いてみていただきたいのですが、もし私の縁者なら、お書きの心情からして、その良し悪しの判断は宗教上のものではないので事情によってはかまわないと思っています。
残った遺族の心の平安も当然に必要なことで、そのために特に亡くなった娘さんの供養上マイナスなことではなく宗教上も問題が無ければとりあえずは良いのではないかと思います。
ただ、遺骨に執着するのは決して仏教的な態度ではありませんのと、実務上の不都合が生じ結果的に遺骨の一部を粗末に扱う結果になることは避けるべきで、具体的には、
現状、遺骨が自宅にありますので、その遺骨を納骨するまで又は一周忌を迎えるまでのいずれか早い時期までと期間を限定すべきかと存じます。
なぜ、納骨するまでとあるのかと言うと、納骨後は分骨証明の無い遺骨ペンダントの遺骨は、未来永劫法律的に適法に納骨することが出来ず、いずれは何らかの処分か、あなたが亡くなった以降の子や孫、ひ孫の代では、遺骨ペンダントとのこともわからず場合によってはゴミのように捨てられてしまう可能性も生じてきますし、遺骨ペンダントとわかっても迷惑なものとしか見れないと思います。したがって、納骨時までにはきちんと戻して一緒に納骨する方が良いと言えるからです。
そして、一周忌までと言うのは執着の問題です。満足いくまでということにすると、ずるずる延びてしまい、いつまでの区切りの付かない上体が長期間続くことになります。また、当然に紛失のリスクを負っているわけですから、その期間を限定的にすべきと考えます。
心の平安を保つ方法は人それぞれですが、一般にはきちんと仏事を行うことである方が多く、その意味では子供を亡くしたことの有無に関わらず一部の者の理解は厳しいことはあるでしょう。
ちなみに、私も産後の長男を亡くしておりますが妻も私もそのような気持ちになったことはまったく無く、私たちは仏教上から考えてしまうからかもしれませんがちょっと利己的な自己流の満足感・宗教的心情の行為であるとみえてしまいます。
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- 回答日時:2009/4/11 03:22:31
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妊娠中、長女が幼児がえりしたことはありませんか?
今までできていたことができなくなったり、そばから離れなくなったり・・・おなかの中の子供に、あなたの愛情を奪われるのではないかと不安になるからとか・・・生まれれば、今度はお姉さんとしての自覚が芽生え、元に戻るとも聞きます・・・
宗教的にどうかというよりも、あなたが次女に執着すればするほど、長女は不安になるということはあるのではないでしょうか?
どこかで一線を引きましょう。
ここから先が、宗教が必要となってくるところです・・・
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- 回答日時:2009/4/16 22:31:16
私は、遺骨をペンダントに入れて貴方の心に平穏と、そして、亡くなったお子様のためにも家族を大切にする気力をもらう。そして、いざというときの見守ってもらっているという安心感的なお守りとして利用することは、間違いではないと思います。
確かに、世間一般的に認めてもらえないところはあるでしょう。
しかし、前向きに生きていくために、そして、生きているお子様を大切に育てていくためにも、一番必要なことは貴方ががんばることだと思います。
私は、葬儀関係の仕事をしておりますが、世間的には、
「分骨はよくない」「亡くなったらお墓にいれないと問題がある」等々、
世間に同調しないと問題なような事をよく言われています。
しかし、お墓に納骨しないといけないとか、分骨したらだめだとかいうことは、宗教的にも全く問題はないと思います。
なぜなら、そのような習慣は、現代の日本の宗教が作り上げた形であり、江戸時代の檀家制度以降の習慣でしかありません。
もちろん、法律的にも全く問題はありません。
話はそれましたが、貴方の心に整理がつくまで遺骨ペンダント等の供養をすればよいと思います。
そして、現在、生きているお子さんに亡くなったお子さんのことをちゃんと話してあげてほしいと思います。
そのうちに家族の心が癒された時、遺骨を一緒にして供養しえあげればよろしいのではないでしょうか?
私個人の考えですが、そのほうが亡くなったお子様も寂しくなく笑顔で見守ってくれると思います。
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- 回答日時:2009/4/14 00:13:20
marolupoさん
不自然ではないと思います。そもそも分骨となんら変わりがないのでは?と思います。自分たちが前向きに生きれること、それがお子様にとっての供養ではないのでしょうか?
供養という言葉は、非常に広い範囲の言葉で、供養とはなにか?これにはいろいろな宗教が関わってくるので、みなバラバラです。答えは決して一つではないので、自然に自分の宗教感を人に押し付けている人が多く感じます。
供養は「みんながやっているからそれが正しい」という人が多いです。
いろいろな形が変化している時代です。供養の在り方も変化して当然だと思います。
ペンダントに入れて、自分が墓に入る時には、同じように土に帰ればいいのではないでしょうか?全国で多くの葬儀社や仏壇屋さんでもそのようなペンダントは取り入れています。一度そういったところに相談されてみてはいかがでしょうか?
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- 回答日時:2009/4/12 08:51:15
kpen76さん
私も、2ヶ月で子供を亡くした父親です。おそらく、病気は違っても同じようなご経験をされてきたことと思います。お子さんのお骨を、近くにおいておきたいというお気持ちもよく分かります。
周囲の方は色々言うでしょう。それはそれとしてありがたく伺い、でも最終的には奥様と話し合われてご自分の気が済むようにされればいいのだと思います。土地の習慣、宗教上の理由、色々あると思いますが、カロートペンダントが売られているということ自体、そのようにされる方がいらっしゃるということですから、何よりもご自分と奥様の意思を考えることが大切かと思います。
私の場合は初めての子供でしたので、お子さんがどのように感じるかは、想像するしかありません。ただ、それによって動揺するかといわれると、それが生活の一部となってしまえば、直接的に動揺することは無い様に思います。一方で、お子さんが将来お友達にそのことを話したときに、お友達の反応がお子さんを傷つけることもあるかもしれません。
中には、ガラスの小さな骨壷(とてもそうは見えないものですが)を作って、常に持ち歩いているお母様にもお会いしたことがあります。人によっては、引いてしまうかもしれませんが、見た目に分かるわけではありませんし、やたらと見せるものでもありませんので、それはそれでいいようにも思います。
ただ、私自身は四十九日法要の日に家族のお墓に納骨しました。私をとてもかわいがってくれた祖母のお骨に寄り添うように納められています。
正直なところ、ペンダントや持ち歩くとなると何かの弾みに落としてしまうかもしれませんし、自分自身が事故にあうことだってあるかもしれません。そうしてどこかに行ってしまうと、それはとても辛い思いをされると思います。とても大切なお子さんの一部分ですから、そういった点も考慮されてもいいかもしれません。
子供を亡くしてから、1年半になります。出産を控えていた春、生まれた夏、見送った秋。いずれも辛い季節です。
悲しみを乗り越えるとか、前に進むとか、そういうことを考えることは無いと悟りました。お子さんのことを思い出す限り、お子さんはそばにいらっしゃいますし、その悲しみは、いつか質問者さんの一部となってずっと過ごしていかれるのだと思います。
質問者さんの心が、少しでも穏やかになる日が訪れますように・・・・。
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- 回答日時:2009/4/11 18:41:13
今まで多くの親が子供を亡くしています。そしてそれを乗り越えて生きています。奥様の両親も今まで生きてきてその中で良いと思う事をアドバイスをしているのです。軽く見ることの無いようにしていただきたいです。あなたは自分だけ気が済めばよいのなら思い通りにしてください。はっきり言って貴方の考えは方は若いです。今まで順調にあまり苦しまず生きてきたように感じてしまいます。嬰子には嬰子の世界がありそして成仏します。貴方も自分の子供に恥じない生き方をしてください。
遺骨のペンダントをしている貴方の精神的動揺が良く無いと私は思っています。心に区切が付けられなく回りが見えなくなり、大切なものを失わないようにしてください。貴方方の幸せがお子さんにとって一番の供養になります。お子さんの分まで幸せに成ってください。
*おじいさん、おばあさん、奥様もみんな辛く悲しいです。子供を亡くしたことの無い人との言葉はよくありません。
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- 回答日時:2009/4/11 17:32:49
ご遺骨を母なる浄土へお還しする事が、質問の回答になります。
しかし、その事を大きく左右する事に『人情』と言う情愛の面からも考えなければなりません。
ご遺骨は早急に墓地へ納める事として、少しを仮にペンダントとして身に付けられる事をお薦めします。
抱けなかった我が子を抱き寄せる姿は、水子観音様の像を思い出します。
しかし宿題として残ります。
将来、心の平安が解消されて成人され、それを納めようとする時期が来たならば、
遅ればせながら、墓地へお納めいただきますようにお話を申し上げます。
頼りない我が子が、今は仏と成って貴女方家族を見守ってくれます。
貴女の生活でも悪い事が出来なくなりました、常に我が子に見られているのですから。
それは貴女と娘の繫がりであって、親にもお寺にも言う必要はありません。
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- 回答日時:2009/4/11 08:57:27

