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フィンランド軍

質問者

kosovokosovokosovocosovoさん

2009/7/1219:15:00

フィンランド軍

第二次世界大戦の時、フィンランドはソ連に見事なまで抵抗しましたが、何故あれほどにまで抵抗できたのでしょうか?
また、モッティ戦術なども聞いたことあるんですが、それは何なんですか?
それに、冬戦争の時活躍した白軍服やスキー部隊を聞いたことがありますが、どのように活躍したのですか?
もしよければ教えてください。

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2009/7/1220:28:22

第二次世界大戦の時、フィンランドはソ連に見事なまで抵抗しましたが、何故あれほどにまで抵抗できたのでしょうか?

いくつか理由が挙げられると思います。
(1)フィンランドは自国領土内で戦ったから。地形や森林を利用してのゲリラ戦の際,「地元で戦う」という条件はきわめて有利です。また,フィンランド側の兵士の士気に与える影響も大きかったでしょう。なにしろ「敗北=国家解体」ですから,相当に士気が高かったものと思われます。
(2)戦争が行われたのが冬だったから。ソ連も冬季作戦には強いですが,そうは言ってもやはり寒さには影響されます。無論,冬と言う条件はフィンランド側も同じではありますが,「地の利」がある環境ではその影響は少なかったと思います。
(3)ソ連軍自体が弱体化していたから。冬戦争直前に,いわゆる粛清により赤軍中の有能な軍人は相当減少し,兵士の士気も大幅に低下していました。
(4)フィンランドは元々帝政ロシアの一部だったから。兵器なども共通性があり,軍備に乏しいフィンランド軍はソ連から鹵獲した兵器・弾薬をそのまま使うことも多かったそうです。独立以前の武器は当然ロシア軍と共通でしたから,そういうこともやりやすかったのでしょう。



モッティ戦術なども聞いたことあるんですが、それは何なんですか?それに、冬戦争の時活躍した白軍服やスキー部隊を聞いたことがありますが、どのように活躍したのですか?

「モッティ戦術」とは 圧倒的戦力を持った重装備のソ連軍(赤軍)に対して、フィンランド軍が行った包囲(モッティ)・撃滅作戦のことです。ソ連軍の冬の戦争に対する装備の欠陥を早期に見抜いたマンネルヘイム司令官によって編み出されました。
開戦当初、ラドガ湖の北でソ連軍は電撃的な速度で進撃を続けていた。フィンランド軍は国境での防衛を断念し内地へ潰走していった。マンネルヘイムは、ソ連軍が分散しすぎていることに気づいていたタルヴェラ大佐に予備兵力を与え、奇襲攻撃を加えた。快進撃にすっかり油断していたソ連軍は、小軍団に分断され後方との補給を絶たれた。これが最初のモッティ戦術実践であった。その後スキーを履き、装備も雪の色と同調させたフィンランド兵(白軍服)が、後方との連絡を絶たれたソ連軍を奇襲し一撃離脱する方法を多用しました。こうしてフィンランド軍はソ連軍の各個撃破に成功しました。

敵の弱点を突いて敵を混乱に陥れる、という面から言えばモッティ戦術は一種の電撃戦と言えます。

↓がスキー兵です

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2009/7/1613:05:06

一番の原因は、ソ連軍自体の弱体化が挙げられます。
スターリンの大粛清により有能な将校がトップから下級まで殺害ないしは追放されており、当時のソ連軍の指揮系統はボロボロでした。
ですがスターリンは共産圏拡大の為、100万以上の兵力と圧倒的な物量を背景に1939年11月30日フィンランドに侵攻します。

ソ連軍は一週間もすればフィンランドが片付くと予想、また例年よりも遥かに気温が高かったこともあり、初冬だったにも拘らず冬季兵装を疎かにしていました(高を括る点ではまるでドイツ軍のようです)。
しかし例年よりも高い気温が災いしてフィンランドに大量にある湖池や沼がフリーズしておらず、ソ連自慢の機甲戦隊や航空部隊の進攻を妨げました。
「なんてこった!」ソ連軍は数はあれど烏合の衆、最初からつまずき混乱しました。優秀な指揮官がいれば臨機応変に対応できるもののそれが居ないソ連軍、けれどスターリンは「早急にフィンランドを落とせ」と一点張りです。
様々なゴタゴタがあって結局は機械部隊がやってくるまで、やむなく100万もいる兵士を主体とする"人的物量で押し切る"作戦に出ました。

まあ物量戦に出たもののフィンランドは森や湖沼といった"自然の要害"ばかり、またフィンランド軍の総指揮は"鬼才"マンネルヘイム元帥。地の利を存分に活用したフィンランド軍の巧みな防御戦(モッティ戦術、アバロ防御陣)の前に、やむなく白兵戦を強いられているソ連軍は多くの兵士と物資、時間を消耗しました(これも優秀な指揮官がいない為、的確に対応できない)。

そして、雪が降り本格的な冬がやってきました。

フィンランドの冬はソ連の冬の比ではなく、ましてや本格的な冬季兵装すら装備していないソ連軍は、正に1年後祖国に攻め入ったドイツ軍と同じような目に遭います。
なんとか機械部隊の主力と増援がやってきたものの、余りの寒さに役に立ちませんでした。航空機は吹雪の為飛べず、戦車は動けたのですが耐火性能が最悪で次々と"モロトフ"と呼ばれる火炎瓶の餌食になり、増援の兵士は今まで体験した事のない寒さに凍えました。
しかしスターリンは自分の指示に問題があるのに狼狽しフィンランド攻略軍の司令官たちを「責任を取れ」と粛清、攻略軍の誰もが恐怖しました。
結局は恐怖に駆られた兵士達は死兵と化し、更なる増援と共に"物量で押し切る"形でフィンランドを降伏させました(モスクワ条約にて、国土の10%を占めるフィンランド工業の心臓部の譲渡と軍隊の駐留、という屈辱的なものを結ばされる)。


この戦争でソ連軍はフィンランド軍の5倍もの戦力であったにも拘らず50万の損害を出し(フィンランド軍は8万の損害)、その内の80%にあたる40万人以上が凍傷によるものでした。
結局は勝利したもののソ連軍のダメっぷりは、ヒトラーのソ連侵攻を決断させたと言われています。
ですがスターリンも馬鹿では無く、この戦争の教訓を少なからず独ソ戦に活かした為ドイツの侵攻を持ち堪えることができた、と最近の研究で判っているようです。



あと「モッティ戦術」ですがこれは数に物を言わせ侵攻してくるソ連軍に対してマンネルヘイムが考案したもので、冬季兵装が疎かだったソ連軍の状況とフィンランド全土の制圧に分散させた部隊配置をというソ連軍の体たらくを見抜いた"包囲撃滅"の作戦でした。
まず部下のタルヴェラに兵を持たせ、自らは陽動を兼ねて分散していたソ連軍の連絡路を次々に絶ちました。そして各々完全に分断されたソ連軍の大元の補給線をタルヴェラに奇襲させ補給線も絶ち、全てのソ連部隊を孤立させました。全部隊は孤立し、補給も行き届かなくなり混乱しました。
その浮き足だったソ連軍を、"雪上のステルス"白装束部隊と"見えない悪魔"狙撃部隊、"吹雪の中の電光石火"スキー部隊といった各精鋭部隊の連携で、包囲し各個撃破していった戦術のことを「モッティ戦術」と言います。

「フィンランドは痛みによく耐えて頑張った、感動した!」
By ウィンストン・チャーチル

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zarasannさん

2009/7/1600:52:03

ロシアが大嫌いだからです。
昔フィンランドやその他多くの東欧諸国はロシアに占拠されていました。
フィンランドはロシア革命の時独立をしました。
フィンランドは最初共産主義で、内戦によって共和国になりました。
それに、祖国が侵略されているのですから、命に引き換えても守るでしょう。

モッティ戦術とは、簡単にいえば包囲撃滅戦法のことです。

スキー部隊等については、WIKIの冬戦争や継続戦争等の表記を見ればよくわかると思います。

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birdea37さん

2009/7/1220:18:07

スターリンは第二次大戦が始まる直前期に赤軍の大幅な
粛清をやって赤軍機甲師団の創設者という将軍も謀反の疑いで
処刑など、特に海軍が粛清、ひどく、ソビエト海軍は
第二次大戦中ほとんど活動できず海軍は無かったも同然
だったという。
そういう状態の赤軍をスターリンはフィンランドへ侵攻させたが
赤軍というのは、正規軍のソバ、背後に監視役の憲兵隊があって
正規軍が戦意が乏しいとき、つまり、ヤル気が無かったり
進撃・突撃命令に背いて撤収しようとすると味方にも憲兵は
攻撃することがあって、赤軍一般兵たちは、敵と味方の憲兵の
倍の脅威が強く、フィンランド戦線は赤軍は特に、その傾向が
強く、十分な戦果を挙げられなかった特殊な事情があったという。
むろんフィンランドも全力で迎撃をしたのもあって
また、ロシア人も寒いところの人間で寒さに強いが
フィンランドは、それより、さらに寒いところらしく極寒も
フィンランドを援護したという。
また、地形も赤軍には不利だったという、ソ連軍は当時
独ソ戦が始まる前で、ドイツの電撃戦で大打撃を受けた
赤軍機甲師団は、フィンランド戦では、まだ健在だったが
山地や低地も湿地や池や沼が多いフィンランドは戦車部隊の
迅速な進撃展開が困難でフィンランド軍は偽装陣地で
待ち伏せ攻撃、砲撃を展開して量では圧倒していた赤軍に
打撃を与えて苦戦させた。
フィンランド兵の巧妙で勇猛な待ち伏せ攻撃については
ヘイへ氏、ラロッカ氏が信じられないほどの赤軍兵士たちの
狙撃を して、これは単に彼ら個人のスゴサでフィンランド人
特有のものではないが、驚異的
また、ソ連に甘かった米英がフィンランドを見捨てたため
枢軸諸国に救援を求めたフィンランドは、かなりのドイツ軍
航空戦力の供与、支援を受けて航空戦では赤軍は
フィンランドで活発に展開できなかった
フィンランド軍が赤軍に全土を占領されることを
食い止めるうちに独ソ戦が始まったため赤軍はフィンランド
全面征服を断念するに至った。

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