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なぜ、パキスタンやサウジアラビア、イラン、ソマリア、アフガニスタンなどの国で...

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質問者

yamadashoeiさん

2010/11/1100:02:46

なぜ、パキスタンやサウジアラビア、イラン、ソマリア、アフガニスタンなどの国では名誉殺人や、レイプ被害者の女性が罪に定まるのでしょうか?

女性が誘惑することもなく、非があるわけでもありません。
己の罪を女性になすりつけるほうが大罪です。

私はイスラム教徒として本当に嘆き苦しんでいます。

名誉殺人がイスラム教の教えとして流布されていることについても私は非常に恐れています。

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feebisuさん

2010/11/1120:52:43

何故って、簡単ですよ。
『女性の人権が認められていないから』。
もっと言っちゃえば『裁く側が男性だから』。
男性中心になって男性が政治をして男性が戦い父権的な神を崇め、その結果女は男の付属物になった社会。
それで男が女を庇護するナイトさまになるかと言えばそんなわきゃねぇ。
男は自分の好きな様にルールを悪用する、他の男も同じ男仲間の擁護に回る、そして同じように好き放題する。

日本の在日が支配しているマスコミが在日の犯罪を報道しなかったり、民主党が身内の不始末や支那人船長は裁かないのと同じ。同胞無罪ってやつ。


要するに野蛮人なのですよ、あいつらは。
まぁ逆に日本みたく、女性様が痴漢と大声で言うだけで虚実も調べず冤罪で男性を社会的に抹殺できる国も十二分にキチガイなのですけどね。

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mishran0786さん

編集あり2010/11/1312:51:42

広く習慣になっていて、それに疑問を感じない人々がいることは嘆かわしいですね。
それぐらい民主主義思想に無縁で、情報が閉ざされているという事でしょう。

でも「ムスリムの女の子って、女の子に生まれただけですごく可哀想だ。男に比べて不公平だし、本当に不運だよ」とはっきり言う男性も結構いますよ。彼らが本気で社会を変えようと思ってるかは解りませんが。

また、家の中では女性の天下という事実もありますから‘合理的な棲み分け文化’という考え方もありますね。女性にとっては選択の自由はないですが、そのリスクもありません。

拓かれた社会での自由を求めて外国に出る人々はいますが、ほとんどはそのような幸運とは無縁ですから、改革の時期は遠いのかも知れません。

悪いところは目につきますが、それなりに良いところもあって、そこそこ安定、伝統として定着してるのが難しさですね。

教育程度や生活水準が変化しないかぎり、そのような蒙昧や狂信は続くでしょう。

やはり根底の貧しさが諸悪の原因と思います。

日本だって、封建的な残酷が歴史になかった訳ではありませんし、閉ざされた情報や洗脳に翻弄された時代もありました。どこの文化もそれなりの変遷と過程を経てたどり着く形があるのです。時代が流れるスピードが速くなっていることを信じて、やがては訪れるだろう変化に希望を持つしかありません。

2010/11/1112:43:12

男性が実力で女性を抑えているとしかいいようがない。

強姦されたら恥だから家族が殺すのでしょ。恥でないというか実力か厳罰で阻止するしかないです。

広い意味でイスラム教が慣習として認めているのは問題です。

グレード

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naka_photo00さん

2010/11/1104:24:10

無茶な法だとは思っていますが、必ずしも殺されると決まっているわけではありません。
バーミヤンで、盲目の父と妹の3人で暮らしていた家族がありました。彼らには、猫の額ほどの畑しかありません。しかし、つつましくはありましたが、彼女らは幸せに暮らしておりました。
ドスタム派の寝返りによって、バーミヤンにタリバーンが侵攻してきました。バーミヤンの人間は、急いで山間部に逃げました。逃げ遅れた住民の何人かはタリバーンに捕まり、「お前らは邪教の神を信仰している、お前たちの神に生き返らせてもらえ」といわれ、のちに破壊される大仏のある崖の上から突き落とされました。大仏の前にあったバザールは徹底的に破壊され、商品はすべて略奪されました。
タリバーンは3人家族のところにもやってきました。彼女らは逃げ遅れたのです。長女は15歳、次女は12歳でした。
タリバーンによって、彼女は強姦されました。彼女は自分が犠牲になることによって、父と妹を守ろうとしたらしいのです。
・・・今も彼女の家族はバーミヤンに住んでいると思います。私がこの話を聞き、彼女の一家に会ったのは2003年秋のことです。「結婚は相当遅れるだろうな・・・」と、地元の住人が話しておりました。
私はバーミヤンの人々から、「ジャパニ・ココ(日本のおじさん)」と呼ばれておりました。私はムスリムじゃないけれど、心が痛むのはあなたと同じですよ。

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