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イギリスはなぜ日英同盟を結んだのですか? 当時日本でも「富豪(イギリス)と貧...

minamimachi5さん

2012/4/2808:44:13

イギリスはなぜ日英同盟を結んだのですか?
当時日本でも「富豪(イギリス)と貧者(日本)の結婚」と言われていたそうです。
ロシアの極東進出を抑制したかったイギリスの戦略はわかりますが、当時の英国王ジョージ5

世とロシア皇帝ニコライ2世は従兄弟同士(母親が姉妹)の親戚です。
それも仲の悪い親戚ではなく、母親同士の姉妹仲も非常に良く、親族で区別がつかない程、風貌も極めてよく似たそうです。
それとも姉妹である母親同士は仲が良くても、本人たちは仲が悪かったのでしょうか?
ロシア革命に際して、イギリスはニコライ二世の亡命を拒否していますし。

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2012/5/417:33:16

イギリスは、アメリカとならび清国から茶と絹を輸入していた。イギリスとしては、清国の東北部で自由貿易や商工業活動をすることが第一の目的である。しかし、ロシアの三国干渉以降の清国への進出は、極東におけるイギリスの地位の低下をもたらしていた。
イギリスとしては、ロシアの満州における市場・権益の独占を排除しようとしていた。また、イギリスは日本が本格的に満州に進出することには抵抗感を持っていた。
しかしロシアは義和団の乱の時に、大軍を満州に進軍させていた。この事態は、イギリスの清国に対する活動を阻害する状況であった。

①清国におけるイギリスの貿易・商業活動を行うことが第一の目的であり、ロシアの南下と日本の進出は好ましい状況ではなかった。(イギリスの清国における権益を守る)

イギリスの清国における貿易は上海から武漢までの揚子江沿岸であったが、租界より外は治安状況が劣悪で、地方行政府や中央政府も外国人を襲撃する状況であった。イギリスは西太平洋に戦艦5隻を含む支那艦隊を派遣していたが、陸上の治安維持のために陸兵が必要であったが、この時イギリスはボーア戦争(1899-1902)に苦しんでおり、ヨーロッパ情勢でも、キッチナーがファッショダでフランス軍と衝突(ファショダ事件1898)しフランスと協議中、インド北西国境ではアフガニスタン、さらにはロシアが背後にあると疑われたイスラム教徒の反乱、マラカンド戦争やティラー戦争に苦しめられ、イギリスは国際的に孤立した状況だった。

②当時のイギリスが国際的に孤立した状況にあり、これ以上の軍隊を各地に派遣することは行いたくなかった。(イギリスの対外情勢に対する不安)

このような状況からイギリスは同盟を模索し始め、最初、清国における利害関係が一致するアメリカとの同盟交渉を考えるが、マッキンリー大統領は伝統的な孤立主義政策を捨てず、同盟は実現しなかった。
次にドイツとの同盟に方針を転換したが、ドイツはイギリスとの同盟はロシアを刺激するとして、交渉は不調に終わった。当時のドイツとしては露仏同盟の形骸化を考えており、ロシアが極東に大兵力を置くようにしむける。ロシアが極東に大軍を配置すれば、ドイツは東西両面作戦から免れることができ、当時のドイツ指導者にとっては、魅力的な政策であった。

③ロシア陸軍が極東に主軸を移したならば、必ずフランスは譲歩してイギリスに接近してくると考え、イギリスにとっても日英同盟がフランスと協調できる余地が生じると考えた。つまり、ロシアの極東での動きは、フランスに対してドイツに有利に働く。その結果、イギリスに対してフランスが譲歩し接近してくる思惑がでてきた。(ヨーロッパ情勢)

①②③から、イギリスは積極的に日本との同盟を望んだのではなく、結果として日英同盟を結ぶことがイギリスの利益となると政治的に判断したと考える。

ロシア革命の際、イギリスがニコライ二世の亡命を拒否した件は、日英同盟とは関係ないと考える。ニコライ二世の亡命が、イギリス国内に革命の影響を与えかねないと懸念して、政治的に判断した対応と考える。

質問した人からのコメント

2012/5/4 19:39:52

降参 ありがとうございます。独皇帝ウィルヘルム2世も英国王ジョージ5世の従兄弟ですよね。(ウィルヘルム2世の母親は先代英国王エドワード7世の姉)、ウィルヘルム2世は母方の英国王室の血筋を嫌っていたから同盟は難しいのは当然でしょうが。
英国が日本と同盟を結んだのは消去法だったのですね。
親戚同士で殺し合う第一次大戦って、日本の戦国時代みたいですね。(露・英対独)

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m_t_c_2012さん

編集あり2012/5/202:17:42

まずニコライ二世とジョージ五世の関係ですが、仲が悪いという話ではなくて、亡命拒否は政治的判断です(ちなみに、生き残りロシア皇族を助けるために、軍艦出したのは英軍です。今も、ロシア貴族の末裔で英に住んでいる人もいて、たとえば今の副首相のクレッグもそのひとりです)。国内の革命支持派を刺激するのを、英が警戒したからです。
親戚とはいえ、自分の国のための判断ができない国王は自分が追い出されるだけです。
特に英国王は昔から、議会に逆らうことはできません。議会民主制の総本家と言われるだけあって、議会の力が強いです。

日英同盟は単純に、「敵の敵は味方」だったから手を結んだんです。
英にしてみたら、一番使いやすいコマが日でした。
日も露に対抗するために同盟を探していましたし、当時はお互い利益になる同盟だったのだと思います。
その後、日と米が対立するようになった結果、同盟は破棄されています。これは逆に、「味方の敵は敵」で、米との同盟を英が重視した結果です。

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tomitojyeriさん

2012/4/2812:17:30

確かにイギリスは、ロシアの極東進出を阻む目的も日英同盟の1つの目的です。
ですが、それだけが理由ではなくイギリスには理由が考えられます。
1、ロシアとドイツが極東戦略上の友好関係に脅威を抱いてた
2、ロシアの極東進出(南下政策)を日本が食い止めてくれる
3、イギリスは、ドイツに対する警戒に集中できる

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wakka_obgy07さん

2012/4/2810:45:47

親戚と言う言い方をすれば、長生きし、子だくさんだったビクトリア女王のおかげで、ヨーロッパの多くの王族は、親せき同士となっています。例の血友病の遺伝子とともにね。
そして、イギリス国王は、国家の政策を左右する立場にはおりません。君臨すれど統治せず、というやつです。
もともとイギリスは、どこの国とも同盟を結ばず、背後からさまざまな国を援助したり圧力を加えたりして、ヨーロッパの大陸諸国のパワーバランスを崩さないように努めてきました。しかし、ロシアの南下政策が、極東や中近東(トルコ、アフガニスタン)に指向された場合には、これを有効に牽制する国家が存在せず、自ら手を下すしかない状況に陥っています。しかもその頃、ドイツでは、これまたパワーバランスに配慮した外交を展開していたビスマルクが去り、ウィルヘルム二世の冒険主義的な外交が展開され、大陸側からロシアを牽制する手段も限られてしまっていました。
そこで極東の、小国ながら発展の著しい日本を、同盟の形で支えることで、ロシアの南下政策を阻止しようとしたのです。

ヨーロッパの王族は、互いに親戚同士ではあっても、自国の利益こそが優先するという立場を、常にとり続けているのです。
またニコライ二世に限らず、イギリスは、外交のフリーハンドを確保するために、他国の王族を受け入れることは極力避けているようです。フランス革命後も、革命政府やナポレオンと戦いながら、なかなかブルボン家の王族を受け入れていません。やがて成立する政権と対立する因子を国内に抱え込めば、外交の自由度がぐんと下がりますからね。
合衆国も、多数のキューバ亡命者を受け入れて、いつまでたってもキューバと和解ができない。特に王族を受け入れたわけでなくても、そんなもんです。

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2012/4/2810:41:17

私の世界史辞典によると、「南アフリカ戦争の苦戦で、国際的な軍事力の展開に限界を感じたことが背景にある」そうです。
1814年の米英戦争後、経済的に自立したアメリカは急成長し、
1890年にはフロンティアの消滅も宣言…急速に世界に台頭します。
1894年の露仏同盟もイギリスにとっては怖いものだったと思います。
1898年ファショダ事件でフランスと対立し、意地を張ろうとしたものの、
1899年~の南ア(ブーア)戦争で意地を張ることに限界を感じ、
1901年に即位したエドワード7世が、反露に燃える日本に歩み寄った…という流れでしょうか。
1904年には英仏協商、1907年には英露協商を結び、三国協商を完成させました。
ロシアに対抗はしても、積極的に対立は望まなかったのでしょう。

ジョージ5世とニコライ2世の仲については調べてもあまりわかりませんでした。
ただ、ニコライ2世の亡命を、社会主義運動の高揚をおそれて、
イギリス政府が拒否したことから、それほど仲はよくなかったのではないか・・・と思います。

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horonai2011さん

2012/4/2809:55:36

ロシアの極東での勢力拡張はイギリスの利権の脅威になります。イギリスも日本が好きなわけもなかったでしょうが、「敵の敵は味方」とすれば、日本と手を結ぶことを選んだのです。ロシア対策は日本と利害が共通していました。

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