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桃太郎のお供は何故犬、キジ、猿なのでしょうか?
桃太郎のお供は何故犬、キジ、猿なのでしょうか?
過去に知恵袋では鬼門という説の説明がありましたが、その説ではないもので
お願いします。
以前ラジオでも聴いたことのあったものなのですが、
桃太郎は桃から生まれたために両親がいないため、犬、キジ、猿に桃太郎自身が
それぞれに対して求めるものがあったとかなかったとか?
ご存知の方がいらっしゃいましたら教えてください。
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- 質問日時:
- 2007/7/10 01:00:57
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- 解決日時:
- 2007/7/24 03:20:34
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ベストアンサーに選ばれた回答
儒教的解釈では、サルは智、キジは勇、イヌは仁を表すともされているそうで、
桃太郎はこの3匹のお供を連れて家に帰ることで、
智・勇・仁というかけがえのない宝も手に入れたとされています。
文字通り 智は知恵で賢さ。勇は勇気。仁は人徳・忠誠心などです。
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- 編集日時:2007/7/10 01:13:41
- 回答日時:2007/7/10 01:11:21
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ベストアンサー以外の回答
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後半の両親がいないため云々は良く知りませんが、
私が聞いた説では、
桃太郎のモデルである吉備津彦命。
その家来に犬養健命・楽々森彦命・留玉臣命の三人がいた。
それぞれが犬飼部・猿飼部・鳥飼部(日本では鳥=雉・国鳥)
という氏族であったから。
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- 回答日時:2007/7/11 14:01:44
桃太郎とは人間のことで、人間は囚われの間から抜けて天に結晶する、神になるいう天命があります。
つまり間の門とは己の肉体のことで、右と左の火(日)に閉ざされた暗闇で肉体我利本能、腹の虫の蝮や百足が棲む=鬼ヶ島であると表現されています。
魂は鬼にものを云わせて誕生すると書きます。即ち肉体の月の寂光の、二つの火=犬(天が居ぬ)と猿(獣の土ロ、泥衣)気の中で、神の子としての聖本能の日(雉)の光を輝かす戦いで魂は育つと置き手されているのです。
雉は左右の二本矢(日火)を集めるで二本を二津翻(ニッポン)して一本に纏める(丸める=日の丸)働きですから日本の国鳥であるのです。
門=犬と猿の二本の日矢=弗、を利用して雉の日の働きを高めてゆく=間→結晶する=鬼→魂=蛇→羽を得た蛇=苦繰る漢=竜=辰=天の星として迎えられる=決ある魂明登瑠(ケツアルコアトル)
雉=pheasant=羽明参十
犬= dog =ドッグ入りで進攻、神向に怠ける
猿= monkey=門の鍵=「自分の衣を洗う者たちは幸いである」選択の苦労が魂を洗濯する
桃+太郎=門+日=間
桃=木兆=上下左右の割れ=門、
太=ゝ(一天=主)を杖として大きくなる、
郎=日云阝=王の咲く戸で日に従う
秀思學
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- 回答日時:2007/7/11 13:39:17
かんたん、おとぎ話というのは、日本の昔からいた動物が主人公や脇役として登場する。
だから、古代から、日本にいた動物は『イヌ、サル、キジ』
猫や馬といった外来の動物は、昔話には出てこない。
例えば、猫なら『化け猫』といった得体の知れないものとして扱われる。
因幡の白兎、これも『ウサギ』は日本に昔からいた。
古事記に出てくる動物が、昔話に出てくる。
羊なんてのは、昔話には出てこない。
智仁勇なんてのは、後からの屁理屈でこじつけられたもの。
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- 編集日時:2007/7/11 08:41:59
- 回答日時:2007/7/11 08:41:07

