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般若心経の「色即是空」とは。

ailis56さん

般若心経の「色即是空」とは。

写経をしましたが、般若心経は、仏教の真髄だそうですね。
「色即是空」の意味を教えてください、仏教が分かれば、嬉しいです。

  • 質問日時:
    2007/10/2 08:02:49
  • 解決日時:
    2007/10/7 19:15:32
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hakuseiunさん

お釈迦様の仏教、特に、素朴な原始仏教について、日本人は理解が出来ないようですね。
紀元前450年頃、既にインドはバラモン教で、輪廻転生の思想・カースト制が完全でした。

ヒマラヤを背に、何千年も座して、真理を求めた修行者達の、侵かさざる真理とされました。
前世の因縁で現世があり、現世の有り様で、来世の生まれ変わりが決まる、「輪廻転生」。

閉塞社会を作っている思想、「輪廻転生」を完全否定し、新思想を唱えたのが釈迦仏教。
哲学の地、修行者達のふるさとで、釈迦仏教が、民衆に信仰をもたらした最大の主張です。

「瞑想により悟りを得て、輪廻を脱し、ひとり静かに彼岸に渡ろう」と、お釈迦様の誘いです。
人生は生前には決まっていない、考えた真理に従って、納得し、人生を送るべきと諭します。

個人が考える密教を超えて、大衆への慈悲が及ぶ大乗への、二面性を持っていたのです。
「すべての現象はうつろいゆく、怠らずに精進せよ。」、お釈迦様の、弟子達への遺言です。

般若心経は、200年頃に「龍樹」によって、600巻の集大成として著されたと言われます。
その後、500年頃には達磨大師が「無」の境地を立て、瞑想での悟りを書き残しています。

日本でも、これを見習って、自分なりに見詰めた真理で、お釈迦様の本姿と派を興します。
お釈迦様の遺言に従いながら、お釈迦様の本願から離れた人々、仏教が滅びた原因です。

このため、現在のインドは、輪廻転生が蘇り、ヒンドゥー教として、カースト制度が強固です。
般若心経の「色即是空」は、お釈迦様が黙した、人の知性での真理の姿について語ります。

<人の心は、周りとの関係で生じるのであり、本来的に心は無常である>のが真理である。
これが般若心経の 「色即是空」の意味です、悟るべき心を曖昧にして、妥協しております。

お釈迦様が否定した、古来の、インド思想の方法に引き摺り込まれて、夢想に遊びました。
アートマン=自我、本来的にある心の姿、これは普遍的であると観念的に決めるバラモン。

難しく、分かり難い文言を並べ、人々をたぶらかして、本来の仏教を覆い隠す覚者達です。
「空」や「無」を語り、能力の勝る者が、弱者を虐げて、人を救うべき宗教から遠ざけますね。

真理追究の瞑想に座すれば、自身に限らず、人々の心とも無縁であれば、偏るのは自明。
慈悲の心に歩けば、妻帯や飲酒、栄達や利殖に溺れる身を、恥じない訳がないでしょうね。

正しくは「心に生じる真理は、一人一人にあり、輪廻転生などは無い」と言うべきなのです。
今でもインドは、文字を習えず、思考からも閉ざされ、真理を追えない人々に溢れています。

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  • 編集日時:2007/10/3 08:32:42
  • 回答日時:2007/10/2 19:29:33

質問した人からのお礼

  • 驚く印度は、皆さん、ヨガや沐浴で、哲学者と思ってました。
    般若心経を写しながら、有り難いお経と信じてましたのに、ビックリです。
  • コメント日時:2007/10/7 19:15:32

グレード

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syuushigakuさん

「色即是空、空即是空」、色は感知できるもの、空は感知できないもので、物質的なものと霊的なもののことです。人の字もノ(法=神=問)と受け止めるト(肉=人=答)で、この二つの共存共栄=色即是空の形です。

聖書では始に言葉があった、言葉によって全てができた、これに拠らないものはなかった、とあり、ことばは神の想念で、広大で複雑な世界も宇宙の一点のビッグバンによって生まれた、とする科学者の見解と一致しています。
ビッグバン=大番=神のかしわ手=二波取り=火水(カミ)のクロス

この前の言葉が般若波羅蜜多(パンニャ、パラミータ)時、で、若いパン(腹の虫の現実主義=肉=穢場)に矢してその奥に恵み(=エバ=女=助=母)の多いことを知る、です。

パンは左右を叩き合わせる音で、神と人が打ち合い和合するとパン(育ちの恵み)を得るという神道の礼拝に通じています、そして、「人はパンのみにて生きるにあらず、神の言葉=マナ=真成すマナーによって、育つのである、で、体を育てるパン(殻田=色)と魂を育てる見えないパン(空)があることを示唆しているのです。

パンを食うことは、良き事をして上に飛ぶためである、で、物質を食べて天に飛び帰る霊力となす= 色の栄えは空の栄えを呼ぶためにある、この物→霊=色即空の本儀本願を忘れてはならない、という教えです。
なにを食べても即座にエネルギーに変わる不思議は当に色の本質は空であることを教えています。

アダムはイヴ(肉体)を得たことによって、真の自分になれると言って喜んだと書かれています。即ちアダムは霊的空的存在=精神=魂=実=真我で、これが育つためには色=カラー=殻田、が必要なのです。つまり、人間は体に汗することによって精神(魂)が育つと掟されているということです。体を動かすのは精神ですから、精神と肉体=実と殻=空と色は共同作業をしている、一心胴体であるということです。

空は想いであるとも言えます。自分の思いが自分の環境を生む=魂の価値が現状を造りだしている=因果応報、です。

体は魂を育てるためにある。この目的を悟らなければ生きている意味がない。魂(神の子としての我)は肉体なくしては育たず、喜びも得ない、ということを教えているのです。

命は始(胎=体)を叩いて上に飛ぶ、で、意(日の神の心を立てる)の血、です。血は皿(殻田=色)の上にノ(法=空)を盛る=空即是色=サラとアブラハムの教えです。

般若心経の要点は、現実的に肉体に汗する事が、霊的存在の魂(真我)を育てるパンとなるということです。ですから、怠けてはいけない、苦労は買ってでもしなさい、です。
これは十字架上で「私は渇く=ドライであった」と反省して、人々の差し出す酢い葡萄酒を受けた(苦労から逃げない事にした)ので天に迎えられた、というイエスの教えに通じています。

「私は渇く」こう言われたのは聖書が全うするためであった、とあります。つまり、腹の虫の色気(合理主義)を反省することによって、実魂の霊性の空気が育つということです。
反省が全て=見返る=ミカエル大天使長=考える=神に帰る=人はカンガエルアシ(悪子→天子)である=パスカル=派把羽の頭(スカル=髑髏=酢を刈る=お洒落頭=主果瑠)=荊冠→観音の蓮華の花冠=48音(弁)を諏訪すれば主和は成り、外(色)撥ねして預羽して天に飛び帰ることができる。=ヨハネは母マリア(真理明)をイエスから託された。

秀思學

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  • 編集日時:2007/10/6 01:01:18
  • 回答日時:2007/10/4 14:14:40

makabontenさん

他の方の哲学視点はお譲りして、
物理学的視点で考えてみるとき、
色即是空の 色は 物質現象 つまり物質化した状態をいい 空はエネルギー体 のこと。
宇宙は エネルギー体で存在している しかも 意識想念は 自由意志をもった存在でいること
たとえれば 人間の肉体は60兆個の細胞(すべて自律している)で構成されていながら 
心臓も大腸も 手や足も ばらばらに動くことなく 統一された行動をしている
ごとく 宇宙の銀河 惑星 太陽 月 地球 鉱物動物植物の一切が 
秩序正しく調和されて 存在していること
しかも 物質はいっ時もその姿をとどめることなく 人体の腸壁の如く新陳代謝して 
時間とともに入れ替わっている。
これを 諸行無常 と呼び 決して一か所に執着することなく 流転する姿を 諸法無我 とよんでいます。
山川草木悉有仏性 つまり 宇宙の統一された意志のもとに 
すべての存在が一糸乱れることなく 運動をしている この姿を涅槃寂静という。
意志をもったエネルギー体はすべて 自らの意志のもと 物質化して またエネルギーに帰るという
輪廻転生を続けて行くことも 色即是空 空即是色と言える。
ですから エネルギー保存の法則 エントロピー拡大の法則が いえる
つまり 増えることもない 減ることもないということ。
 我を 張るから 反論を呼び寄せ 愚痴をこぼすから 貧乏神を呼び寄せる これも 色即是空 空即是色。
結果には必ず原因があり 播いた種は刈らねばならないという因果関係も 当てはまる。
今の自分の生活環境も姿や顔も生きてきた 自ら招いた色即是空 空即是色 になる。 
現時点では以上のように 考えています。
いずれ 宗教思想も 物理学的に 説明できると信じています。

bougainvillea2007さん

大乗経典について少々誤解があるようなので、bougainvillea1207の別IDで補足します。

この不生不滅の境地は『般若心経』等の般若経典、および『法華経』において阿耨多羅三藐三菩提(あのくたらさんみゃく
さんぼだい)の覚りとして説かれていますが、この大乗仏教の究極の覚りである阿耨多羅三藐三菩提=無上正等覚の教
えはパーリ上座部、説一切有部等でも早い頃から説かれていたことが学術的に証明されています(平川彰著作集『初期大
乗と法華思想』65頁以下)。また、般若経の原型ともいうべき俗語で書かれた般若経を、部派仏教の一部で保っていたこ
とも今日においては証明されております。(梶山雄一著『空の世界』中公文庫)無論、経典の形式は異なっているかも知れ
ませんが、不生不滅の空(縁起)の教えも諸法実相の教えも法理としては説かれていたわけです。
また、不生不滅の空(縁起)の教えは原始経典に説かれるところです。
もっとも『サンユッタ・ニカーヤ』(12.3)に説かれた涅槃への道を説く十二支縁起の逆観において、色形(名色)が滅すると
いう分別作用の止滅という八不の空の覚りが必要なことは明らかです。また、釈尊は『サンユッタ・ニカーヤ』(12.3)の十二
支縁起の順観において無常の法は虚妄の法であると宣言しています。禅定の修行により一切皆空の空性の覚りを開くこ
とこそが虚妄ならざる法であることを説き明かしています。

しかし、部派仏教が空、および阿耨多羅三藐三菩提=無上正等覚をいち早く捨ててしまったことは、原始経典最古層『ア
ングラッタ・ニカーヤ』に説かれた釈尊の予言の正しさを証明することとなりました。釈尊の覚りも八不の戯論寂滅の境地
=阿耨多羅三藐三菩提の覚にあったのです。しかし、同じ『サンユッタ・ニカーヤ』に「じつに、比丘たちよ。未来世において
比丘たちは、このようになるであろう。如来の説かれたそれらの教典は深遠であり、意味深く、世間を超え、空性に属する
ものである。それらが説かれるときに〔比丘たちは〕よく聞かないであろう。耳を傾けず、さとろうとする心を起こさないであ
ろう。」と説かれたように、釈尊の説かれた空の教えは大乗仏教の祖、龍樹菩薩の出現するまで全く無視されていたわけ
です。

龍樹の空の思想により、釈尊の真実の教えが宣揚されたわけです。

空の思想とは、原始経典『マッシバニカーヤ』第121経において、釈尊は空と空性の用語を区別し、空性の境地にあって
は、私たちの言語・表象のすべてを覆いつくす世界、宇宙法界に及ぶことを示しています。それは、まさに龍樹が説き明か
した八不の不生不滅の縁起の世界です。この釈尊の涅槃の境地を捉えそこなうと釈尊の仏法は、西洋哲学の外道の教
えと何ら変わらないものに堕してしまいます。空の言葉は釈尊にとっては世俗諦の真理で、空性の言葉こそ、不生不滅の
中道の縁起こそが真実の教えであることを釈尊は原始経典で語っています。釈尊の禅定の修行による不生不滅の涅槃
の境地は想像すらできませんが、禅定の境地のすごさは実感できると思います。『スッタニパータ』によると、すべての煩悩
を断滅した後に、すべての分別の働きを止滅した禅定の境地でさえ無所有処定の境地にしかすぎません。釈尊の境地は
非想非非想処、無相心三昧定さえも超えた禅定にあります。

http://homepage1.nifty.com/manikana/canon/sunna.html

釈尊の臨終の言葉をパーリ語原典から忠実な翻訳によれば、「滅する性質のものは諸々の事象(志向作用=行)である。
怠ることなく修行しなさい」とあります。時を論ずる者のためには、行を説いたのです。しかし、法を論ずるもののためには
不生不滅の空無我の覚りを説いたのが釈尊の教えです。生滅を論じる時には行を説き、自らの生命をも含む一切の法を
論じる時には無常とは説かず空無我を説いたのです。仏弟子にあって、煩悩を断滅し、無所有処定を目指すものには、不
生不滅の中道の空無我を説いたのです。あくまで諸行無常であり、ここを諸法無我ではなく、諸法(生命を含む)無常と捉
えてしまうと、釈尊の大縁経、および龍樹の『中論』、『因縁心論』に説かれた輪廻転生の教えも理解できなくなってしまい
ます。

釈尊の教えの理解の困難さは対機説法にあると思います。その中で、第一義諦としての釈尊真実の教えを見極めること
が重要であると思います。

http://homepage1.nifty.com/manikana/b&rlogic/b&rlogic.html

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  • 編集日時:2007/10/5 14:45:07
  • 回答日時:2007/10/2 16:42:35

bougainvillea1207さん

原始経典『マッジマニカーヤ』の「聖求経」によれば釈尊は、不生・不滅・不老・不病・不憂・不汚なる無上
の涅槃の解脱を説き、我が解脱は不動であると説かれ、不動の涅槃の境地に到達したことを説かれていま
す。空の聖者である龍樹は『中論』の中で、「滅せず、生ぜず、断ぜず、常住ならず、一つのものでなく、異
なるのでもなく、来たらず、去らないという戯論寂滅の、吉祥なる縁起を説かれたブッダこそ、説法する方々
の中で最勝の方と、私は帰依します。」と説いています。般若波羅蜜の禅定の修行においては、思惟すべき
もの、知覚すべきものはすべて消えうせ、最後に残った最高の真実、それは生じもせず、滅しもせず、来たら
ず、去らず、作られたものでもなく、いかなる形でも現象しません。時間的にも空間的にも無限、無辺であり、
すべての限定を離れ、静寂であり、清浄であるところの生命の充実の極点に達すると言われます。龍樹の
『中論』には「心の対境が滅したときには、言語で表されるものもなくなる。というのも法性は不生・不滅であ
り、涅槃の境地のようである。」と説かれ、空とは戯論寂滅の不生不滅、不常不断、不一不異、不来不去
の八不の涅槃の境地であると説き明かしています。

私たちには想像すらできませんが、般若波羅蜜の修行者が垣間見た戯論寂滅の涅槃の境地においては、す
べての存在との一体不二を覚知するそうです。涅槃の境地にある般若の実践者は、分別作用が止滅しており、
私と世界の二元対立がありません。般若波羅蜜の涅槃の境地にあっては、自己と世界が一如ゆえ、たとえば、
青いものを見る際にも、私の外の世界のものとしての青いものを見ることがないのです。青いものと一体となった
、真実の青が光り輝く世界、これを般若経では光り輝くこころと説かれています。宇宙法界の真実の姿が自ら
の命と一体となった光り輝く世界、この涅槃の境地においては一切の差別がなく、すべての存在の平等一如を
覚知します。

般若心経は、「不生不滅・不垢不浄・不増不減」と説かれるように、この自らの戯論寂滅の八不の涅槃の境
地をありのままに説き明かしています。戯論寂滅の涅槃の境地にあっては、認識の対象として捉えることのでき
るものが何ひとつありません。四聖諦の仏の教説すら、世界と一如の涅槃の境地にあっては、対象として捉える
ことができません。したがって、私たちの思議の及ばない世界を言葉によって表現することはできず、『無」、ある
いは「不」と否定の言辞でもってしか表現することはできません。

般若心経はここに留まらず、その境地から見た現象世界のありようを説き明かします。それが、「色即是空」で
あり、「空即是色」です。空とは、自性がないことを意味します。自性がないとは、すべての存在は単一で恒常
的に存在するのではなく、他の存在の因と縁により性起し、成立していることを言います。ここでは色即是空と
は、現象界のすべての存在は縁起的存在であるという意味になります。龍樹の『中論』に「縁起がすなわち空
性である、とわれわれは説く。それは仮名(けみょう)であり、それこそ中道にほかならない」と説き、また『廻淨
論』には、「もろもろの存在が他によってあることが空性の意味である、とわれわれはいうのである。他による存在
には本体はない。」とあります。

縁起とは、色(すべての現象界)はお互いに支えあい、また私という存在は他の存在の幸福への因ともなり縁
ともなっている、ひとりひとりがかげがえのない存在であり、生命と生命が響きあう交響の世界の中で生きている
のである。私のMy知恵袋に龍谷大学の鍋島直樹先生の論文がありますように、私たちの生命が、時間的に
も、空間的にも、他のあらゆる生命と存在との結びつき、相互依存的に存在しているという相依相関性の縁起
を説くものとしています。この空=縁起の世界が仏の真実の生命の境地を述べた空=涅槃=中道のもうひとつ
の側面です。

「色即是空」とは、第一義諦の真理としての仏の覚りそのものとしての、自らの生命が宇宙法界とすべての存
在と一体となった平等一味の光り輝く命の世界と、世俗諦の真理として、「あらゆるものは時間的にも空間的
にも相互に依存し関係しあっているからこそ、一つのひとつの存在が他の幸せにとって重要な因とも縁ともなる。
あたかも多くの楽器で一つの交響曲を演奏して、人々を感動させるように、縁起共生とは、あらゆるいのちが
宇宙の中心となって、他の存在の声に耳を傾け、他の命を思いやって支え合い、相互に響きあって大きないの
ちの交響曲を奏でていこうとする生き方を教えている。」という縁起の世界の二つの真理を説き明かしています。

空を一言でいえば不生不滅の縁起(『中論』)となります。

nksbt724さん

saiyacyugenさん の答え素晴らしいですね!!
(私も正しく理解できているかどうか自信がありません。)というのも謙虚で好感が持てますね!

質問の般若心教が仏教の真髄というのには異論があります。
四十余年未顕真実と説かれた後に説法された「法華経」こそお釈迦様の真意、即ち最高の教えではありませんか?

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