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なぜベニスのゴンドラは真っ黒ばっかり?
dosankoniisanさん
なぜベニスのゴンドラは真っ黒ばっかり?
水の都、イタリアのべネスで見かけるゴンドラは真っ黒い色に
塗られていますが、何か理由があるのでしょうか。
もうちょい、カラフルな色のゴンドラがあっても良さそうなのに・・・
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kaoruchan1さん
「水の都」として知られるイタリアのベニスには、176の運河と123の島から出来ています。
それらの間を400もの橋が渡っていますが、これらの多くは19世紀以降に作られたものです。
その昔は、無数の小船が人や物資を乗せて行き来していました。
船底が平べたく船の高さが低い細身のゴンドラが生まれたのは、11世紀頃から存在し、狭い運河を航行する為に
16世紀のベニスには、一万隻を超えるゴンドラがあったと言われています。
当時のゴンドラは、船全体が赤、青、金色などに塗られ、漕ぎ手には高価な服を着せたりなど 貴族同士の見栄の
張り合いで、華やかさを競っていました。
船室には、当時の超高級品だったガラス窓がはめ込まれ、大理石の椅子にビロードや絨毯が敷き詰められていたそうです。
ところが、そういう贅沢振りが自家用だけでなくタクシー用のゴンドラにまでエスカレートし過ぎたことにより、
“有産階級には法の公正を、無産階級には日々のパンを”をモットーにしていたヴェネチァ共和国政府が激怒 !!
ヴェネチア政府は「贅沢取り締まり委員会」を組織し、「船体は黒に統一すること」という禁止令を1562年に制定。
ですが、各国の大使は治外法権の元、この勧告を守らずともよく、彼らの悠々とした態度に貴族やタクシー会社も
意地を張り倹約をしなかったので、この時点では「黒」統一化は思うように進みませんでした。
その後、各国大使は17世紀に入り、ヴァスコ・ダ・ガマの新航路発見やトルコとの戦いによりヴェネチアの経済力が衰退。
1633年に「船室の覆いも黒いラシャ以外の使用はならぬ」という法令も決定し、ヴェネチァ共和国の経済力衰退の象徴を
するかのように ベニスのゴンドラは質素な見た目の「黒一色」へ徐々に変わっていったという訳なのです。
18世紀には、全てのゴンドラが黒に統一され、この習慣は法律が無効になった現在でも基本的には「黒」ですが、
ゴンドラ(観光客用)の中には、焦げ茶の船体や真紅色のラシャを使っているものもあり、多少緩くなっているようです。
因みに「ペストによる死者をしのぶ喪の色として黒になった」という説の書かれた観光ガイドもありますが、
カトリック諸国の正式な喪の色は紫色なので、先に述べた事柄が「黒塗り」に統一された理由になります。
《おまけ》
ゴンドラの漕ぎ手であるゴンドリーエは、地元では女性にモテる花形的職業で、現在ヴェネツィアに450人(隻)ほど。
ただ、誰にでもなれる職業ではなく、ゴンドラを思いのままに漕ぐことができる体力の他に、語学力(数カ国)、
歴史・文化の熟知という知的な要素も必要不可欠ということです。
一人前のゴンドリーエになる為には、クラブチームで修行後、営業ライセンスを取得するまでも大変な道のりがあり、
ゴンドラの購入だけでも300万円もの資金が必要で 注文後に船が出来上がるまで約2年の月日を要するとのこと。
体力の面からみても男性の職業ですが、最近では女性のゴンドリーエも数人存在するようですね。
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ゴンドラの歴史的背景