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山岡荘八と吉川英治の文体の特徴について。

paperdriver_styleさん

山岡荘八と吉川英治の文体の特徴について。

日本の歴史小説の双璧と言われる人達ですが、
私も両者の本をいくつか読んでいますが、二人の文体の特徴について質問です。

歴史上の人物とか物語を両者が書いている本がありますが
秀吉とか頼朝、太平記とかありますが、
どちらの作家の方を読むか悩んでいます。。

私が読んだことがあるのは、山岡荘八の『徳川家康』『吉田松陰』、吉川栄治は『三国志』だけです。

二人の文体ってどんな感じでしょうか?(漠然とした質問で申し訳ないんですが・・)
自分のイメージでは『三国志』の吉川栄治は躍動感はとてもあるのですが何か内容がテンポ良くサラサラ書いてあいりイメージであまりドラマティックな書き方ではないと思いました。(と言っても大好きな本の一つなのですが)
山岡荘八の『徳川家康』は、とてもドラマティックに書かれているシーンも多く、人物や人物の相関が上手く描写されてる感じでした。

二人の作品の特色はこんな感じでしょうか?
みなさんはどういった文体のイメージがありますか?

吉川栄治は、私は『三国志』しか知らないので、秀吉や頼朝や太平記も『三国志』のようなテンポの良いサラサラとした文体で書かれているのかなぁ?と思って質問しました。

教えてください。。

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kotori672007さん

吉川英治の特徴は、文章が「漢文調」で、やや硬いこと。また好んで、漢文的な言い回し、故事成語を多用する傾向があります。
ですから「教養の乏しい」若い人にはつらい部分があり、講談社が「新・吉川英治歴史文庫」ブランドを立ち上げた時に、全巻末尾に「用語注釈」を付けました。私は中学生の頃から愛読していて、(友人には小学生で「新・平家」を完読した、ツワモノもいます)取り立てて難しいとは感じませんでしたが・・・。
ストーリー的にはゆったりとした前振りから、クライマックスへ畳み込んでゆく、「娯楽小説」の王道的スタイル。構築の上手さを感じます。
「三国志」がさっぱり過ぎる、とお感じのようですが、私はあれも他の三国志にない、畳み掛けるストーリーの盛り上がりがある、と感じています。
もう一つの特徴は、「主人公は激動の乱世である」と言うポリシーで、脇役を丁寧に描くストーリーでしょう。主人公を置いて、何百ページも、脇の人物の話が進行する・・・。読書力が弱いと、そういう部分がきついんですが、読み続けるといずれ、そういった丁寧な描写が、クライマックスに収束されること、さらに”歴史はたった一人の英雄物語ではない”という「歴史の真実」が実感できるようになります。

お尋ねの作品ですが・・・
「源頼朝」は吉川の”日本武将シリーズ”の一環であり、また「平将門」とおなじく「新・平家」を執筆するための、一種「練習作」でした。このシリーズは紙数をおおく与えられないので、中途半端な部分で終わってしまうのが残念ですが、重厚な読み応えある作品と思います(「上杉謙信」「黒田如水」なんか、もっとあっさりしていますよ)。
「新書太閤記」は、終戦直後国民を励ますため書かれた代表作。そのため物資不足の折にも、優先的に紙を手配されたそうです。
「私本太平記」は、私のもっとも好きな傑作。体調を崩し、入院していた吉川がベッドの中で執念の執筆を続けた鬼気迫る一作。

山岡荘八は、長谷川伸門下で「演劇的」な作劇を習った人。だから、ストーリーが実にテンポよく進み、セリフの掛け合いも、”歌う”ようです。
しかも登場人物のキャラを明確に分けているので、人物で混乱することはないでしょう。「善人」「悪人」がはっきり分けられています。
逆に言えば「分かりすぎること」が内容の薄さ・軽薄さを感じさせます。池波正太郎は「いい人も悪いことをやり、悪い人は悪いことをやりながらいいこともしている」が信念でしたが、山岡にこう言う深い哲学はありません。
だから、主人公に逆らう人にもそれなりに理由があるんでは・・・?という部分、人それぞれというような人間観察が徹底して欠け落ちています。歴史の深みを知ってゆくに連れ、あまりの浅薄さに、評価はがた落ちしてゆきます。

オマケに彼は頑固な「皇国史観信望者」。第1次教科書批判グループのメンバーであり、「天皇をもっと崇拝すべき」と作品中にもしばしば出てきます。戦後になっても、戦前のような思想の持ち主でした。この結果、彼が書けば、信長も家康も”天皇崇拝者”になってしまいます。

当然「源頼朝」でも、単純すぎるキャラ像は踏襲されます。意味もなく”平家=悪、源氏=正義”の位置づけ、さらに頼朝に反する義経は”けしからん男”として描かれます。
「新・太平記」は、私が読んだ多くの南北朝モノでは最悪の一作。”後醍醐帝=正義、足利尊氏=悪”という、戦前の皇国史観から一歩も出ていません。他の作家が皇国史観からの脱却に苦労しているのに、この能天気ぶり、これでは当時書かれた古典「太平記」より発想が貧困ですね。
初心者向きですが、慣れたら一刻も早く離れるべきでしょう。

質問した人からのコメント

  • 回答ありがとうございます!!
    詳しく分かり易く説明してくださって、とても勉強になりました。。
    山岡荘八の皇国史観信望者で作品にその主張が表れているとか全然知らなかったです。。
    勉強になりました。回答ありがとうございました!
  • コメント日時:2008/5/8 19:15:56

グレード

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bo126012642000さん

私は吉川派ですね。三国志が最初ですが、太平記などもよかった。ただ親鸞は中途半端だよ。

kanegasakihonnjyouさん

吉川英治は、古典的な手法が馴染めません。
山岡荘八は、活劇調の手法が馴染めません。
だから司馬遼太郎を読んでいます。

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