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プロテスタント、プロイセン、オーストリア併合、神聖ローマ帝国について

kino_anime_manga0212さん

プロテスタント、プロイセン、オーストリア併合、神聖ローマ帝国について

最初にも書きましたが
「プロイセン」(どこの国なのか、今の国名になったか)
「プロテスタント」(何かの宗教の元だったような記憶があるんですが…ピューリタンは覚えています!)
「オーストリア併合」(オーストリアは枢軸国だったんですか?フランスなど連合国を嫌ってたと聞いたんですが…そしたら何故同じ同盟国のドイツに併合させられたんですか?
)
「神聖ローマ帝国」(まったく意味がわかりません;;)

よくわからない説明ですみません;;
まったく知らない初めて習う人に教える感じでお願いします
ウィキペディアで調べてもわからなかったのでそれをコピペはやめて下さい
あと、できればいつ頃の事なのかも教えて下さい

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ベストアンサーに選ばれた回答

marseillerouletteさん

同時に4つも聞いては、たぶん、回答するのも理解するのも大変かと思いますが・・。
しかも、それぞれが、時代も背景も、全然違う物です。
それぞれが、一言で説明するのは困難です。本来なら別々に質問をした方が分かりやすい回答をもらえると思います。

これらは、すべて、ドイツの歴史に関わることを言いたいのだと思います。分かりやすく言っていくと。

まず、プロイセンは、現在のドイツのルーツとなった王国で、1701年~1918年まで存在した王国です。
ドイツのある地域には、いくつもの王国が存在しましたが、その中の盟主となった王国です。
それら、いくつもの王国を統一して、ドイツ帝国は、1871年に誕生しますが、その時、ドイツ帝国を支配し、その頂点にいたのは、プロイセン王でした。ドイツ帝国は、連邦国家です。ドイツ帝国の中の、その、いくつもの王国をまとめる中心にあった国がプロイセン王国であり、プロイセン王兼ドイツ皇帝です。

プロテスタントは、キリスト教を仕切っていたカトリック教会に対抗する為に、マルティン・ルターらによる宗教改革運動の過程で生まれたキリスト教の一派のことで、プロテクト(抗議)するもの、という意味が語源です。

オーストリア帝国は、ハプスブルグ家が収めていた帝国ですが、1918年の一次大戦後、帝国は解体され、ドイツ人による、オーストリアが生まれます。その後、オーストリアでは、ドイツ人としてのナショナリズムが高まることになります。そして、時代が流れ、ドイツにおいて、ナチスドイツが生まれます。そのナチスドイツの掲げる、ドイツ人の統合と言う理念に、多くのドイツ系民族のオーストリア人は共感を覚えます(中には、反感を抱く人々も多数いた)。そこで、時代背景もあって、ドイツとオーストリアの併合は起こることになります。併合させられたとも、併合を受け入れたともどちらとも言えます。ヒトラーは、オーストリア生まれです。

神聖ローマは、中央ヨーロッパに中世から存在した帝国で、ローマ帝国の正統な継承国であると自称していた国です(実際は関係ない)。帝国といっても名ばかりで、大小の国家がゆるい連合体を作っていたに過ぎない国です。国とも言いがたい組織です。

神聖ローマの中心となっていたのは、ゲルマン人、主にドイツ民族です。

質問した人からのコメント

  • 降参とてもわかりやすい説明有難うございました!
    これで今日のテストに臨めます
  • コメント日時:2008/6/16 00:48:23

グレード

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