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土佐脱藩から亀山社中創立までの

toramike7さん

土佐脱藩から亀山社中創立までの

坂本龍馬の活動資金はどこから出ていたのでしょうか?
龍馬が食うにも困っていたなどという話は聞いたことはありませんよね
実家が商家であったとは聞いたことがありますが、それだけで3年もの間、大の男が仕事もせず
自由気ままに生活し、諸国を回って好きなことをやって暮らしていける余裕があるほど実家は
裕福だったのでしょうか?教えてください

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ベストアンサーに選ばれた回答

gergebest07さん

現代ほど警察能力が発達していない江戸時代ですから

脱藩をしたものに資金提供した場合、罪に問われるといっても

ぬけ道はいくらかあったようです。

おかっぴきや監察(現代の警察のようなもの)は現代程の権力もなく

その仕事に就くものはほとんどが一般の武士よりも低い身分

のものだったので、買収も簡単にできたはずです。

ですので、高知城下でも有数の富豪だったとされる龍馬の実家

『才谷屋』 から少なからず資金援助があったのは事実です。

あと、龍馬の場合無口だが、笑うと愛嬌があり話が面白く

会う人会う人が龍馬にひかれたそうです。

そのため、龍馬に協力していた人は多いです。

江戸に剣術修行していた 『千葉道場』 には脱藩後も厄介になっていますし

幕臣勝海舟、越前福井藩 松平春嶽、 薩摩藩 小松帯脇、などです。

下関の白石正一郎という富豪も龍馬や中岡慎太郎をはじめ長州の奇兵隊を

援助したという記録が残っています。

あと、亀山社中の前身の 『神戸海軍操練所』 は幕府の預かりなので

幕府から資金(給料)が出ていたはずですよ。

※ 神戸海軍操練所では龍馬は塾頭でした。

質問した人からのコメント

  • 降参ご回答ありがとうございました
    とてもお詳しいですね。
  • コメント日時:2008/10/15 20:43:13

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doragonfoodさん

竜馬、脱藩の折に姉は離別・自殺しています。竜馬の祖父は入り婿ですが商才に秀で財を為しています。竜馬にもこの血が流れていたのでしょう。しかし、脱藩は大罪であり実家が資金提供すれば家禄没収は間違いなし。姉の資金提供ですね。亀山社中は絶えず資金難に陥っており竜馬もキワドイこと(あこぎなこと)もしています。後藤象二郎や薩摩の五代友厚と組んで資金作りをしていました。亀山社中は長崎では京都の新撰組以上ともいえるほどコワモテだったようです。資金が無くリストラも断行しようとしましたが報酬なしで良いからと離れなかったエピソードがあります。今の時代でしたらゴシップ記事で芽がでなかったでしょうね。竜馬の立派なところは私欲が無く天下国家のみが眼中だったことでしょう。大政奉還後の構想に「坂本どん の名がなかと」西郷・大久保は絶句したとか。竜馬は答えて「船を押し出して大海に乗り出すぜよ」。無欲なほどの大欲はありません。畏れられたようです。実家は裕福で後継ぎを竜馬に懇請しています(家長の兄に男子が無かった)。勝海舟が土佐藩主・山内容堂に掛け合って、一級の大罪・脱藩を赦免されています。蛇足ですが。

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