ここから本文です

解決済みの質問

知恵コレに追加する

禿げネズミ、キンカン頭について。

oinari3734649さん

禿げネズミ、キンカン頭について。

信長さんは、
秀吉さんに「禿げネズミ」、
光秀さんに「キンカン頭」と言い
「禿げ」を愛情も含め、馬鹿にしていたようですが、

信長さんは「剃った頭」で「禿げ」と違うとして、
秀吉さん、光秀さんは「禿げ」ていたということでしょうか?

ご存知の方、居られましたら
推察でも構いませんのでよろしくお願いいたします。

補足
追記:
なぜ同じ「はげ」で「禿げネズミ」と「キンカン頭」と呼び名を
変えたのでしょうか?「キンカン」は「禿げ」という意味以外も
含まれた、あだ名なのでしょうか?
  • アバター

違反報告

ベストアンサーに選ばれた回答

and_then_so_clearさん

まず「キンカン頭」の方ですが、私は以前から、どの記録に信長が光秀のことを「キンカン頭」などと呼んだという記述があるのだろうと思い、いろいろ調べてみたのですが、見つかりませんでした。
念のため今もう一度検索してみたところ、「司馬遼太郎の小説による“創作”」であるという解説を見つけました。
まだ完全な確証を得ているわけではありませんが、どうも信長が光秀のことを『キンカン頭』と呼んだという歴史的事実は無さそうです。
あくまで、現代の小説の中で作られた“イメージ”に過ぎないのではないでしょうか。
(明智光秀に関する歴史史料はけっこう少ないのですが、私が今までに調べた範囲ではどこにも「キンカン頭」などというエピソードは出てきませんでした。)


次に「禿げネズミ」の方ですが、まず最初に、秀吉の最も有名なあだ名と知られる「猿」というのはやはり歴史的事実ではない・・・という点から指摘したいと思います。
実際に、信長関係のまともな史料には「猿」などという呼び名は一切登場しません。
猿は、日吉神社で崇められている「神獣」なのですが、秀吉が自らの出生を『神話化』するために、幼少時の名前が「日吉丸」だったという大嘘をでっち上げた時に、信長時代のあだ名が「猿」だったという話もでっちあげたとする分析が有力です。
こちらは現代の小説化による創作ではありませんが、秀吉本人による“創作”なわけです

そして、信長は確かに家臣にあだ名をつけることが好きだったらしいですが、秀吉のことを日頃から「禿げネズミ」と呼んでいたかどうかというのも、確証する史料がないのでハッキリ分かりません。
秀吉のことを「禿げネズミ」と言っている史料は、わずか1点しか現存しておらず、それも秀吉の妻の寧に宛てた手紙の文中ですから、本人に対しても言っていたかどうかは微妙です。
ちなみに、その手紙というのも、寧が秀吉の女癖の悪さを烈火のごとく怒り狂っていたのをなだめるために書かれたらしく、寧のことを「お前は最高の女だ」と持ち上げておいて、「秀吉は本当にけしからん男だ」とけなす内容になっています。
つまり、寧が秀吉に対して怒り狂っているのをなだめるために、わざと秀吉のことを悪く言う必要があったわけで、そこで「禿げネズミ」なんて悪口を持ち出したわけです。

ですから、私は、この場合特別な意味を込めて「禿げネズミ」という言葉を使ったのであって、日常から「禿げネズミ」と呼んでいたわけではないと思います。
「禿げネズミ」の意味についても、手紙全体の意味からして、頭が禿げていたという意味ではなく、おそらく醜さを強調するための言葉であり、もっと言えば「色気がない」という意味だと思います。
ネズミというのがそもそも「醜い」という意味でしょうが、その醜いネズミ同士の間でも、色気というか外見の良さを競うためには「毛並みの良さ」になってくるわけです。
醜いブオトコであっても色気のある男性というのは居るわけで(チャールズ・ブロンソンとか(笑))、つまり「禿げネズミ」というのは『醜い小男な上に色気もへったくれもない奴』という意味だと思います。
つまり、そんな「禿げネズミ」な秀吉が、身の程も忘れ、妻もほったらかして女遊びに興じているのは本当にけしからん・・・という意味が言外にあるのではないでしょうか。
「それに比べて、妻であるあなた(寧)は、まったく美しく素晴らしい女性である。秀吉は、そのことをもっとありがたく思わなければならない。」
(寧のことを、色気があり美しい女だとほめているので、秀吉についてはその正反対のことを言っているので、この「禿げ」は色気がない・・・という意味の気がします。)


信長は、このように寧の機嫌を何とかなだめすかして、この夫婦喧嘩を仲裁しようとした・・・ということなのでしょう。
意外と、世間一般で普通に知られているような有名な歴史の話が、当時の史料にあたって調べていくと、実は全然違う話だった・・・ということは往々にしてありますのでご注意を。

  • アバター

質問した人からのコメント

  • 笑う皆さんありがとうございます!

    「キンカン頭」ではなく「キンカ頭」と教えていただけたり
    「司馬遼太郎」の創作疑惑など様々なことが知れ
    助かりました!

    BAは一番長文であり力のこもった文章であった
    and_then_so_clearさんとさせていただきます!

    ただ、謎はつきませんのでもう少し個人で調べて見ます!(^^
  • コメント日時:2008/11/11 11:52:05

アバター

この質問・回答は役に立ちましたか?
はい
いいえ

お役立ち度:お役立ち度 3点(5点満点中)2人中 1人が役に立つと評価しています。

ベストアンサー以外の回答

2件中12件)
並べ替え:回答日時の
新しい順
古い順

 

k1_121さん

あくまでも、当時のあだ名は、心底相手を憎む&馬鹿にした事ではなかったようで、彼らは生涯の大半を戦場暮らしです。その常時油断なき事を心がけるとともに、戦時に疲れない事(退屈しないように)日々気配りしていた。したがって親しみもこめて、信長は光秀を酒の席で「きんか頭 きんか頭」と揶揄し、秀吉も酒の座で知将黒田官兵衛を「あのビッコのかき頭は、小男でも、油断ならぬぞ」などとからかっている。その官兵衛も満座の中で「なりは小そうても事あれば」と、ビッコの足を引き引き槍を握って槍踊りを披露し酒を飲んだり、歓んだりで、卑屈のないおおらかさである。当時の先陣訓の重要な一つは「毎時退屈する勿れ」でもある。

  • アバター

hekiru80さん

光秀に関しては正確にはキンカ頭ですよ。意味ははげ頭って事ですけど・・・・。
で、由来ですが実際禿げていた(後退していた)というのと、光秀の光の下の部分と秀の上の部分をあわせると禿って字になるので信長が洒落て付けたという話もあります。

  • アバター

あなたにおすすめの解決済みの質問

明智光秀は本当に禿げていたのか?? よく信長が光秀のことを「きんか頭」と呼んでいたことから、光秀は禿げていたという話がありますが、あれはただの俗説でしょうか? 「きんか頭」と呼ばれていた以外に、何か禿げていた具体的...
明智光秀ほどの頭の良い男が、信長を討つ作戦に、どのような成算を読んでいたのですか。 為す術もなく一族郎党と死滅してしまったのは、当初から秀吉の術にはまっていたのでしょうか。
信長・秀吉・家康・光秀・三成 信長、秀吉、家康、光秀、三成の五雄が、味方として、一堂に会(かい) した場(陣地、軍議の席、宴席など)は、ありましたかね?