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中国における「祖先祭祀」とはなんですか?

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質問者

jarujarudokoheikuさん

2009/1/2723:11:35

中国における「祖先祭祀」とはなんですか?

調べても韓国や日本の祖先祭祀ばかりなのでよくわかりませんでした。
回答よろしくお願いします。

閲覧数:
1,893
回答数:
1

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ベストアンサーに選ばれた回答

frogman03544さん

2009/1/2723:48:56

古代中国人は現代人よりも先祖や子孫を
強く意識する社会の中で生きていました。
彼らは遥か過去に遡る始祖から、
遠く未来の子孫へと至る血族の流れに、
自らを位置づけて生きていました。

古代中国では、宗廟(祖先の位牌を安置する廟(みたまや))
において冠礼、婚礼、即位儀礼、
卿大夫の新任報告、聘礼、結盟などの諸儀礼が行われ
また軍事行動などの重要事項も、
すべて宗廟において祖先の指示を仰ぎ、
また結果の報告をしながら、その援助と庇護を期待していました。

当時の人々の最大の課題(使命)は、祖先祭祀を継続すること
これが当時の人生観・世界観であり、
最大の恐怖は後継が絶えることであったのです。
春秋時代に多くみられる次のような事柄は、
当時の人生観・世界観を極めて明確に伝えています。

(1)他の血族の存続とその祭祀の継続(滅亡させない、祭祀を絶やさない)
(2)他国の弑殺事件にしばしば軍事介入を行う
(3)亡命した君主や公子、大夫を丁重に扱う
(4)自らの身体に傷をつけることを忌む
(5)遺体に傷をつけることを忌む

前漢の時代に儒教が国教とされると、
身分によって宗廟(祖先の位牌を安置する廟(みたまや))
に祭ることができる祖先の数を限っていたために、
皇帝の宗廟を巡って政治的な論争が行われました。

儒教によると、「天子七廟」といって、
皇帝は七代(以上)の祖先を祭ることができました。
皇帝の宗廟は天命を受けた祖先を中心に祭られ、
天命を受けた祖先は太祖などと呼ばれ、
一般に王朝の初代皇帝があてられました。
太祖を祭る宗廟を特に「太廟」といいます。

前漢の時代にはこのような宗廟が皇帝の陵墓ごと、
また諸侯の郡国ごとに設置されていましたが、
儒家の礼説に基づいて
後漢時代には国都の宗廟のみに限られました。
これに伴って、
皇帝祭祀の中で皇帝陵を祭る陵祭の比重は低くなっていきました。

宋代に入り、思想の中心が仏教から儒教へ変化したため、
祖先祭祀についても、
仏教式から儒教式へ、また墳寺から祠堂へと変わっていきました。

質問した人からのコメント

2009/2/3 23:27:26

成功 分かりやすく、丁寧な回答ありがとうございました(^^)

ちょい足しを取り消しますが
よろしいですか?

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