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宗教の本当の意味は?

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質問者

oomaigod_orderさん

2009/5/1517:04:42

宗教の本当の意味は?

宗教の本当の意味は?

始めに、私と私の家族はどこも宗教を所属していません。 自分のご先祖様を拝み日々感謝をし生きてるだけの者です。
信者の方無信者の方様々な考え方がいるの承知の上での質問になります。
なので、偏見や批判などでの意味ではありませんので。どんな考えなのか、どうしてなのか、などの素朴な疑問です。
誤解なさらずにお願いします。


私は、中、高生に3種類の宗教に入体験したことあります!(自分の意思ではなく)
そこで、見て感じた率直な心の声は
「この人たち、腐ってる!!なんて腹黒いの?綺麗事しか聞こえない宗教に入っても入らなくても人は人なんだな~」
10代の時に感じました。

○金の話が飛び交う ○他の宗教を悪く言う ○本心じゃなくお世辞ばかり! ○勧誘しまくり
たくさんありすぎて言い尽くせません。 もちろん一部の方だと解ってます。
しかし、その一部の方は本来は生じてはいけないんじゃないですか? そうじゃない方達のイメージがダウンになるのは確実。



そこで質問です。

①宗教は結構昔からあるものですが、現代まで内容がまったく引き継がれてるのかが疑問です。

②全ての宗教の教えは様々ですが、根本的な教えは一緒ではないんですか?
(極端な例)「命を大切に。動物を食べない。嘘つかない。良い人間であるように」などなど

③他宗教どうしの結婚や恋愛など禁止されたり、そうゆうのすごく矛盾してるのが強く思う。
むしろやってること言ってること矛盾してるしか感じませんが、宗教の方は思わないでしょうか?


ps 私の親戚のおばさんは熱烈な信者でした。
ある日突然自殺未遂して救急車に運ばれ施術し今は鬱になり、目が変りました!何もしなけでば、すぐ死を考えます。
今とは、一切集会も出ずにいています。

私から思えば、宗教で何を学んできたわけ?って思ったのでこうゆう疑問がでてきたのです。


十人十色だからね~とかの回答はいりません!!分かっています!
他の考え方、などを知りたいのです! 一言でまとめる回答もいりません。

補足皆さん答えて頂きありがとうございます。
どれも、すごく勉強になります!!さらに追及したくなったんですが、これ以上追及したら自分がどっか行きそうで、笑。
改めてまとめると「幸せ」はみんなが求めているんですよ~。ね^^
私は変わらず毎日感謝しつつ生きていきます!!←臭いこと言いました?笑
自分がまた成長しました^^

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2009/5/1714:27:22

私は創価学会に籍を置く者です。

神や教祖におすがりして、多額のお金をお布施すれば救われると説く宗教なら、確かに宗教の名には値しないと思います。金ですべてが解決するなどというのは邪教です。このようなものはカール・マルクスが言うように「阿片」で、有害ですらあります。実践したところで、幸福になることはないでしょう。かりになったとしても、それは単なる当人の思い込み、錯覚にすぎないと思います。宗教には正邪があるのです。

正しい宗教とは、「神や教祖、仏に盲従して助けてもらう」といった他力本願的なものではなく、「自分自身に内在する無限の可能性(仏性)を引き出す」ものなのです。教祖とか絶対者といった「外部のもの」に頼るのではなく、だれの内面にも秘められている、限りない知恵と生命力を開発していくものです。よってそこには、「自分自身で自分の行動を決定付ける」という自律性があります。他の者に盲従して、自分を見失うことなど決してないのです。そしてその引き出した「知恵や生命力」があれば、目前の課題や困難があっても、それらに立ち向かい、乗り越えていくことができるのです。あたかも山登りで、体力、脚力が弱ければ、登ること自体大変で、辛く感じられますが、体力も脚力も強ければ、周りの景色を悠々と楽しみながら登っていくことができるようなものです。

しかし、そのためには「生命と宇宙とを貫く根本法則」に則る必要があります。それを「南無妙法蓮華経(妙法)」といいます。日蓮大聖人が認(したた)められた本尊に向かい、「南無妙法蓮華経」と唱えることが、その「知恵や生命力」を引き出す具体的な実践です。これによって、生活上の行き詰まりが打開され、不可能だったことが可能となり、自在の境涯になれるのです。これを「宿命転換」とも「人間革命」とも言います。

真の力ある宗教には「文証」、「理証」、「現証」の三証がなくてはなりません。文証とは、ある教義・主張が経文等の文献上で裏付けられているか否かという基準。理証とは、その教義が道理に適い、また理性のうえから普遍妥当性があるか否かという基準。また現証とは、教えを実践した場合、現実のうえでその通りの結果(功徳)が現れるか否かという基準のことです。三証の中でも「現証」こそが重要です。この三つが、創価学会が実践する日蓮仏法にはすべて具わっているのです。

ちなみに、創価学会では、他宗教の人との結婚・恋愛を、別に禁じてはおりません。信仰と結婚等の問題とは、一応別に考えますから。ただ、他宗教の側が、創価学会にアレルギーを感じて、その家族が結婚に難色を示すことはよくありますが。

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bouz1stさん

2009/5/1900:47:03

根本的な宗教はシャーマニズム(自然現象に対しての崇拝)や、自分や他者の生死に関する問いから始まったとも言われています。要は、人知の及ばない現象に対する畏怖や、崇拝の気持ちが変化していったものです。
それぞれの質問に関してですが、
①に関しては、ほとんどの宗教が大なり小なり創立時と比べその理念や教えに変化が生まれています。これは時代時代において変化していった結果ではありますが、結果教えに様々な矛盾が出てきてしまう要因ともなっています。この変化は一概にダメなものとはいえず、その教えを学んだ(教わった)もの一人一人がその意義をよくかみしめ対応しなければならないところだと思っています。

②私の個人的な考えですが宗教が宗教である条件は「人を幸せにする」ことにあると思います。だから私は「**しないと不幸になる」といった教え方をするものを宗教とは思っていません。(**した方が幸せになれる はギリギリセーフ?)
命を大事にetcの教えをする宗教は多いですが、神や仏の名のもとに命を投げ出したりすることは肯定される宗教も多いことから、その宗教の成立時の時代や国土に応じて「幸せになるための方法」がさまざまに考えられていったのが宗教ではないかと思います。

③宗教とはある種、思想の集団です。自己の集団の純粋さを保つため、多くの宗教では他の思想を排する(思想的にも物理的にも)考えが肯定された時代があります。(十字軍遠征などはいい例でしょう)現代でもその風潮を色濃く残すものも少なくありません。
ですがその一方で、他の信仰を吸収合併し、まったく別の思想にと変化していったものも多いです。(平和の内に行われたものも、争いの果てにそうなったものもありますが・・・)
互いに矛盾しあった思想でも、様々な接触の中で、様々な変化が生まれることでしょう。残念なことに現在多くの地域ではその接触が紛争を伴ったものになってしまっていますが・・・
「幸せになること」 これをキーワードにいつか世界の全ての人が互いの教えを認められる日が来てほしいものです。

・・・なんか質問と論点がずれてしまった気もしますがこれで失礼します。

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pisuke_sunさん

2009/5/1802:58:28

宗教は死への恐怖から逃れるために人が創造したものです。誰でも死は怖いものです。
神なんているかどうか・・・非常に疑わしいです。

そのように生まれた「神」と呼ばれる存在が直後から悪用されているのは今も変わっていません。
引き継がれているといえばその辺でしょうか。
仏教も日本に入ってきた当時は邪教でした。
しかし、人々を支配するのにはもってこいだったんですね。
創価学会をはじめとする新興宗教も構造としては同じではないでしょうか。

死や不幸への畏怖が宗教へと向かわせるんですね。
それを利用して金を儲けたり、人を支配してるんです。
宗教は金儲けや人を支配するための道具でもあるんですよ。
資本主義経済、死の恐怖、出世などなど・・・あらゆる欲が渦巻いているこの世界では・・・・・当然のように宗教というものは蔓延るんでしょうね。

表面上のことよりも、もっと根源的なところを見れば答えは見えてくると思います。

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kom3613さん

2009/5/1802:27:17

私も無神教で無宗教なのですが、
私の考える宗教の本当の意味は、恐らく。孤高の末に、高潔で高尚な精神を身に付け(こんな事言うと大それてそうだけど、別にそういったものじゃなく、自堕落にならず、卑怯な事をしないで、自分を信じて、人に迷惑をかけないで、背筋伸ばしてってな感じの小学生の道徳の授業みたいな事で良いと思う、別にやたらと難しく考えても仕方ない事だし、出来る範疇で気高くって感じで【でもその中で、劣等感とか、他者との違いに対する嫉妬とか有るので、そういったものに振舞わされない、笑ってやり過ごせるような精神をもてれば良いと思います】)
志(この場合の志ってのは、全然知らない隣の人がちょっとでも幸せになれるような社会作りみたいな感じがベストかな?)をもって自分に出来る事で最大の努力を行い(努力の内容は本当の意味で人に優しくする【例えば飢えている人が居たらパンを与えるのでは無く、職を与えたりする事。生死に関わる場合は一度助けて、今後このような状態に陥らないようレクチャーし、同じ状態にさせない〈もし同じ状態になりそうな場合、愛をもって厳しくする〉これのスパイラルになったら最高だね^^、助けた人が今度は別の人を助けてるの見たらなんか嬉しくなるもん】)
無償で人を愛する事なんじゃないかな?と思います。
勿論力の大きい人はもっと大きな規模ですれば良いだけの話で、物の本質は変わらないと思う。
まぁ、おこちゃまな発想なんだけど、答えはシンプルで構わないと思うからさ^^

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y48163さん

2009/5/1703:27:02

前に宗教がやっていた会社に知らずに入社した事がありました。
取り決めがあるんですよね、これはやってはいけないとか。結局教祖の考え方に共感した人の集まりだと思いますけど。
みんな不安なんでしょうね。心の拠り所てして宗教があると思います。

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2009/5/1622:07:51

①人が必ず死ぬということを知ったときから、人類は宗教を持ちます。
「必ず死すべき私はいったい何者なのか」「必ず死すべき私はどう生きればいいのか」この問いは引き継がれています。

②①の問いは同じですが、答えは違います。
極論をいえば、「どうせ死ぬ命なら自死を選ぶ、命より大切な物がある」「他の動物も同じように死ぬなら私が殺してもいい」「死んだらおしまいだから、好き放題何をやってもいい」という信仰も有りです・・・宗教は道徳ではありませんから、必ずしも社会との協調を保つ必要はありません・・・ただ、宗教団体となった段階で共生を考え、個人主義的な信仰は淘汰される傾向にあります・・・

③私の信仰する宗教は他との交雑を阻害しないので、何ともいえません。
ただ、①の問いを阻害するとその宗教が認識すれば、例えば「他宗の人と結婚すると、どう生きればいいのかという問いかけができない」と判断すれば、他宗との結婚を認めないということも有りです。

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