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零戦をほめてみる?
zerosenmanzさん
零戦をほめてみる?
なんだかんだと日本海軍の主力機として最後まで戦い抜いた零戦
トホホな所も結構多い戦闘機だけど、いいところだけピックアップして褒めてみよう
(1)圧倒的な軽さ
一番自重が重い金星零戦で2屯強の重量だけど、対するライバルの地獄猫さんは自重4屯強もあり重すぎw
でも、そのせいで被弾に弱くダイブをすると翼にシワが寄っただと~!
テメェーは**の**でも拝んでやがれ**が!
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(2)圧倒的な上昇力
軽いから上昇力も圧倒的で、ダッシュも凄かった。パワーでブイブイ言わせてた米軍機とは違うぜw
でも、急降下性能は最悪だっただと~!
テメェ~は**わからないくせして**てんじゃねぇ!
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(3)圧倒的な航続力
後期零戦はかなり落ちちゃったけど、初期の零戦は航続距離が凄い。対するアメリカさんの工業製品は今も昔もガス食い虫w
でも、そのせいで翼に弾丸食らっただけで簡単に火がついただと~!
テメェは***のくせして**そうに**してんじゃねぇ!
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(4)圧倒的な空戦能力
戦争末期ですら巴戦にまきこまれたら地獄猫でも勝てなかったw
でも、時代は一撃離脱だと~!
テメェは、その**な***を***に**しやがれ
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(5)圧倒的な火力
やっぱり零戦と言えば20粍。ライバルの地獄猫ですら火力では零戦の敵じゃねぇぜw
でも、ションベン弾で全然当らなかっただと~!
テメェは、**った**でも食べて**の*から**ちまえ!
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お~っと!字数制限でそろそろ本題に移らないと!
トホホな所が多い戦闘機だけど、空冷1000馬力艦上戦闘機と言う条件の中ではWWⅡ最強の部類に入るかも
戦争末期はボロボロだったけど、坂井三郎のような逆一撃離脱戦法で戦えば格上の相手でも恐らく屠れたであろう零戦
熟練搭乗員が乗らないと性能の全部が発揮できなかったりと、兵器としては疑問符が付く所も多いけど、用兵さえ間違ってなければ地獄猫さんくらいなら勝てないまでも相当苦しめる事は可能だったかもしれない零戦
米軍は戦法をかなり工夫してたけど、日本軍は一部を除きあまり工夫をしてなかったような気がするんだよね
性能が米軍機より劣っていても用兵さえ間違ってなければなぁ・・・てな面はない?

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ベストアンサーに選ばれた回答
coolkazuchanさん
零戦の機体についての議論はいろいろありました。
質問者さんの意図にそって、機体性能から離れて述べてみます。
1.パイロット養成と運用のまずさ・・・源田の戦闘機不要論
有名な源田の戦闘機不要論せいで、多くの優秀な戦闘機乗りが、転科させられ、開戦時ですら、飛行時間の多いベテランパイロットが不足していた。そして、フィリピンからラバウルまで、坂井さんたちは本土に帰っての休暇も与えられず、消耗しつくして、重傷をおわない限り本土に帰還できなかった。
「戦闘機無用論」が存在した昭和12年~15年の間の戦闘機パイロットの縮小、転向等のロスは太平洋戦争開始直前になっても回復できていなかった。
日米開戦時零戦500機と九六式戦闘機300機、戦闘機パイロット約1000名を揃えた。
日中戦争開戦時の戦闘機パイロットは「延べ飛行時間600時間時間以上」の者を選抜し実戦に参加せたが、日米開戦時の戦闘機パイロットはベテラン揃いと言われているがパイロットの平均延べ飛行時間は500時間前後であった。
確かに日中戦争を経験した一部のベテランパイロット(飛行時間1000時間以上)はいたが全体的には少数でかなりの新米パイロットで穴埋め(1000名確保の為)していた。
日米開戦半年で海軍戦闘機パイロットの戦死者約300人、開戦1年で1000人が戦死。特に兵学校出身の指揮官パイロットの不足と技量の低下が著しかった。
この中で生き残った(もちろんこれ以外に戦闘での負傷者や練習中の殉職者等も相当な数と思われる)殆どのベテランパイロット極めて少数になり内地にもどり教官になり後進のパイロットをを鍛えた。
その後昭和18年後半からは太平洋戦争開戦後にパイロットになった若者が中心戦力となったが
空中戦で次々と米軍機に落とされた。
これは、坂井さんの著書でもさんざん残念がっていました。
2.96式空1号無線電話機はだめじゃん
無線の性能で劣る日本軍の場合、空戦中の連携がとりにくく、また格闘戦に慣れた搭乗員や機体性能が戦法に対し不向きで、編隊空戦を徹底できるケースは少なく、不慣れなパイロットが多くになってたのに、二機編隊による一撃離脱戦法を取り入れるのがいたずらに遅れてしまった。
零戦装備の96式空1号無線電話機は、雑音ばかりで会話が聞き取れなかった。開戦後に真空管の精度が落ちアースも不完全になり、まったく使えなくなってしまった。ソロモン戦域における陸上基地部隊の所属機は、この役立たずの無線機をわざわざ取り外して出撃。
作戦時における連絡手段がないため、大きなハンデだ。身振り手振りの「手信号」しかなく、空中戦における瞬時の判断などで
かなり不利になった。熟練搭乗員の技量でやっとカバーしていた。
昭和18年になり、新たに「3式空1号無線電話機」が登場し、紫電改、零戦52型以降に搭載された。
零戦ではないのですが、陸軍の有名な加藤中佐は、開戦前に無線機の機上テストを盛んに繰り返していたそうで、奥様にキレイに聞こえる時は、まるでそばにいるようでと喜んで話されていたそうで、指揮官としては無線機が使えるとすれば、そうとう空中指揮に有利であると考えられていたようです。
3.開戦前に大量のパイロット養成に着手してたら、・・・先の見えない、泥縄のパイロット養成
アメリカの状況と対比すると、戦争開始前の昭和15年半ばに、既に将来戦を予想して膨大な飛行機の増産計画と、これに見合うところの搭乗員の養成計画を立てて、一意その実現に邁進していた。彼我の航空戦力に大きな差が現れてきたことは確実で、いかに飛行機を造っても、これに配する搭乗員、特に士官搭乗員がいないというような悲しい状況に陥った。
日本ではようやく、昭和18年6月ごろに海軍予備学生の採用試験が始まり、同年9月中旬には土浦、三重の両練習航空隊に入隊して訓練を始めることになった。
しかしながら、これらの予備学生・予備生徒の採用もアメリカ搭乗員の大量養成を始めた時期に比べるときには約3ヵ年も遅れをとり、日本海軍航空のその後の退勢に大きく響いた。
日本は飛行機の生産が、アメリカのそれに及ばなかったことは已むを得ないことではありましたが、それにも増して搭乗員の養成に遅れを取るに至った。
用兵・軍政とも落第じゃもん、死んでいった若者がかわいそうだね。
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ベストアンサー以外の回答
- (3件中1〜3件)
fghi6789さん
性能的にはなかなかの物ですよ。でも私は逆にそこがだめなところだと思うんですよ。
工芸品のようにやたらと丁寧に作られてこった戦闘機です。
戦闘機は兵器オリンピックに勝つためにあるわけではないのですから個々の性能の優劣を誇っても意味がありません。
P51が第二次世界大戦最優秀戦闘機と呼ばれるのは強いからというより特に欠点がなくコストも安く稼働率も高いという無難な戦闘機だったからです。
ゼロ戦は軽くするためにやたらとポコポコ穴を開けてみたり翼の先端を丸くして旋回性を高めたりしています。
これだけの物を作るのであれば、もっと安くて簡単なものをたくさん作ればよかったのです。
下記のサイトで第二次世界大戦の戦闘機の評価がありますので是非読んでみて下さい。
http://www.geocities.jp/fghi6789/gunji.html
reincanation61616さん
現在まで名前が残っているというのは、名機ということだよ。
下なんかは、無名だぞ。
ウェストランド ホワールウィンド - Wikipedia
... (またはワールウィンド、Westland Whirlwind)は第二次世界大戦で、イギリス空軍が使用した双発戦闘機である。 ... イギリス ... ホワールウィンドはイギリス空軍最初の単座双発戦闘機で、またウェストランド社にとっても初めてイギリス ...
ja.wikipedia.org/wiki/ウェストランド_ホワールウィンド -
戦争末期まで戦い抜いた《岩本徹三》の戦法がいいね。もちろん、坂井はすばらしいが・・・
ugijbeさん
坂井三郎氏の様なトップエースを例にしたらだめでしょ
私も零戦(とくに21型と22型)は好きだけどアメリカの猫は確かに不細工だけど頑丈な機体で
特にパイロットの生存率が高いのは決定的です
日本は戦いごとに熟練搭乗員を失いアメリカは錬度を実戦で上げなおかつ機体性能も上がってゆく
用兵ではどうにもならないと思います。
質問した人からのコメント
これじゃ戦争に勝てる
他のみなさんも回答あ