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姓氏家系 熊崎姓の先祖は誰なのですか? ではmukasibito3000様も、他の方もど...

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質問者

onia222さん

2009/10/322:22:41

姓氏家系
熊崎姓の先祖は誰なのですか?

ではmukasibito3000様も、他の方もどうぞよろしく。

補足大分県臼杵市を走る日豊本線の駅に熊崎駅があり、熊崎川が流れている。 近くには仏舎利塔と下山古墳(前方後円墳、石人あり)、臼杵古墳と臼杵神社(臼と杵の石人あり)があり、また豊後水道を挟んで目と鼻の先の愛媛県宇和町には熊崎城がありました。また岡山県赤磐市熊崎と京都府南丹市園部町熊崎の地名があります。皆さまご回答有難う。

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編集あり2009/10/421:03:01

1.熊崎姓の分布

熊崎姓は全国で約2360戸の小規模姓です。都道府県別では、第1位が岐阜県1200戸(54%)、第2位が愛知県320(14%)、この2県で68%を占めています。以下、長野県100戸、東京都75戸、北海道65戸、長崎県50戸、大阪府と埼玉県が各40戸です(いずれも概数)。
岐阜県内では、ほぼ半分の600戸が下呂(げろ)市に集中。以下、中津川市130戸、岐阜市90戸、高山市60戸、加茂郡50戸、郡上市40戸、恵那市40戸です(いずれも概数)。
このことから、全国の熊崎姓の分布の中心は岐阜県下呂市(旧・益田郡)と判断されます。ただし、全国の熊崎氏がすべて下呂市(旧益田郡)から広がったということではありません。下呂市内では跡津(あとつ)地区、野上(のがみ)地区、焼石(やけいし)地区に熊崎姓が高密度に分布しています。

2.飛騨熊崎氏の由来

下呂市の熊崎(くまざき)氏は、その由来がほぼ明らかです。下呂市を中心に分布する南飛騨の熊崎一族の先祖は飛騨の戦国大名・三木(みつき)氏の家臣です。『飛州志』の三木党の条に熊崎彦三郎、同小七郎の名が見えます。『飛州志』所収の『熊崎文書』によれば、天正12年(1584)に三木氏7代・秀綱が熊崎彦三郎の相続を承認しています。
下呂市萩原町跡津の旧家・熊崎家に伝わる古文書『熊崎子孫之言伝書留書』によれば、熊崎氏の先祖は京都府船井郡(現・南丹市)園部町熊崎の出身で、名を念心といい、三木氏の家臣となり飛州益田(ました)郡跡津村に住み着きました(推定1500年代中葉)。その孫・弥九郎は訳あって浪人となっていたが、飛騨の新領主・金森氏に跡津村の肝煎(のち名主)を申し付けらました(1600年頃)。
以下、熊崎家の系譜(推定)は、①熊崎念心― ②彦左衛門(彦三郎か) ― ③弥九郎 ― ④弥九郎 ― ⑤(不明)― ⑥惣右衛門 ・・・です(この系譜には三木党の熊崎彦三郎の名がなく、今後解明が必要)。この跡津熊崎氏本家が飛騨熊崎氏族の総本家と考えられます。
岐阜県加茂郡は下呂市と隣接しているので、加茂郡の熊崎氏が跡津熊崎氏の系統である可能性はありますが、速断はできません。なお、長崎県の熊崎氏や埼玉県の熊崎氏は、飛騨熊崎氏とは別系統と思われます。

3.熊崎氏族の氏(本姓)は?

姓氏と名字(苗字)は、もともと別物でした。明治戸籍以前は、姓氏と苗字は明確に区別されており、しかも武家は姓氏と苗字の両方を持っていました(姓氏苗字の歴史的用法)。明治戸籍では姓氏と苗字を区別せず、どちらかひとつだけ登録させました(姓氏苗字の現代的用法)。
「姓氏」は古代の氏姓(うじ・かばね)制に由来し、朝廷の戸籍に登録された門族呼称です。「名字」は平安中期に発生した武士が通称として使い始め、鎌倉幕府開設時に御家人の身分と領地支配権を表す家族呼称として確立しました。ところが、戦国時代に大量の浪人が発生し、「名字」が御家人の身分や領地支配権を意味しなくなったので、領地名を表す「名字」に代わって、血統を意味する「苗字」の語が使われるようになったと考えられます。
具体的には、熊崎・三木・足利・新田・織田・徳川・前田・渡辺などが名字(苗字)、源・平・藤原・橘・菅原・春日・蘇我・物部・大伴などが姓氏です。おおざっぱに言えば「武士の名字」「古代貴族の姓氏」ということです。なお、源氏や平氏は平安貴族が武士化した氏族です。
お訊ねの「熊崎は源氏か平氏か藤原氏か」という件は簡単に答えが出ません。なぜなら、第1に、熊崎氏の系統が複数なら、それぞれの系統について、その姓氏を解明しなければならないからです。第2に、武士の系譜・家系図は信用できるものが極めて少ないからです。俗に「源平藤橘」と言われるように、中世の武士の間では自分の出自を名門に見せかけるために系譜詐称が横行しました。とりわけ好まれたのが「清和源氏」と「秀郷流藤原氏」です。したがって自称源氏や自称藤原氏は、まず疑ってかからなければなりません。徳川家康も源氏を称しましたが、本当の素性は不明です。
飛騨の戦国大名・三木大和守藤原自綱(よりつな)は「三木」が苗字、「藤原」が姓氏(氏・本姓)です。つまり飛騨三木氏は「藤原氏」を称していますが、「宇多源氏佐々木氏流」とする系譜もあります。ところが『姓氏家系辞書』によれば、その佐々木氏も「宇多源氏ではなく阿部氏族である」というのです。このように、大名クラスの武家ですら姓氏を確定することは難しく、まして一般の武士は、よほど信頼できる史料がないかぎり、その姓氏(本姓)を特定することはきわめて困難です。(2009.10.4.昔人)

質問した人からのコメント

2009/10/4 21:34:10

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2009/10/323:44:59

岐阜県の熊崎氏は、山城国船井郡船井庄熊崎村発祥。(熊崎姓の約6割が岐阜県)
初代念心が三木氏の家臣となり、飛騨国益田郡跡津村に居住したことに始まる。その後はその地の名主として代々続く。

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odawara_007さん

編集あり2009/10/323:25:35

残念ながら資料が極めて少ないですね。
http://www.asgy.co.jp/cgi-bin/search.pl?name=%8CF%8D%E8

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