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所謂荒らし(アンチと言うのでしょうか?)についての質問です。長文です。 世の中に...

devil_may_cry_4loveさん

2010/8/1801:06:11

所謂荒らし(アンチと言うのでしょうか?)についての質問です。長文です。

世の中には様々な人間がいて様々な考え方があるのもわかりますが、 もはや議論というか会話にならない事が目に止まります。

私は趣味でニコニコ動画を観ますが、かなりの頻度で俗に~信者、~厨、アンチと言われている人達を発見します。この知恵袋にも広く見かけました。

ここで私が疑問に思うのは、その人達の特徴が自分の好きな何かを過剰な程肯定的に捉えているという事です。もちろん全ての人が、という訳ではありません。

ある人物が犯罪を冒したらその罪を仕方ない、もしくは罪そのものをなかったものとして解釈する。

あるアニメのキャラが戦いに負けたりすると、そのキャラを倒したキャラを猛烈に非難する。


好きな芸能人やアニメのキャラを大切にしたい気持ちは分かりますが、あまりにも度が過ぎてる気がします。


好きな人物がいる

それが何かしらの罪を冒す

指摘、もしくは非難しまくる(所謂その人物が嫌いなアンチとかいうアレ)

アンチと信者が凄い事になる(よくブログが炎上した、とかいうアレ)

論理的な会話がまるで意味を成さない


そういった類の人達はどういう考えの元に行動しているのでしょうか?

よろしくお願いします。


また、この質問には私の勝手な解釈も含まれている為不特定多数の人を不愉快にさせてしまった場合には即座に削除させて頂きます。

補足この質問では~信者、アンチ双方の考え方について聞いています。

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ベストアンサーに選ばれた回答

katsuawa1234さん

編集あり2010/8/1813:31:28

何の考えももたない人たちだと思います。

主観しかないのです。しかも、主観を肯定する作業しか持ち合わせていません。

主観にあわない対象は排除する傾向にあり、それは極度の自己保存本能、つまりエゴイズムからきています。

このような人たちは、例えば、哲学に対して物凄い批判を浴びせる傾向にあります。哲学をして何の得になるのか?です。

また哲学と同様に、自分の主観やエゴイズムに対して、得や保存能を与えない対象には、攻撃性を秘めています。

「○○をして、何の得になるのか?」という疑問しかないのです。少し思考能力があれば、得かどうかというよりも、やらざるを得ない環境に自分が生きているということが実感できるわけで、それすらもできていないわけです。

典型的なのが、「学校にきたけど、勉強する気にはならない」とか、「大学に何のために行ったのかわからない」というような、無目的な自己保存活動しかない、他力本願の人たちです。挙句の果てには、「生きている意味がわからない」とか言い出す始末になります。

生きているのに、生きている意味がわからないなんて、結局、主観オンリーの視点が究極的に行き詰まって、主観そのものを否定するしか主観の存立を意味しなくなる終結を意味します。そして、安易に自殺に走る人も出てくるわけです。

結局のところ、自分の存在すらも言及できていないのです。自分が何たる存在なのか?も知らないでいる。

このような人たちに必要なのが、哲学を学ぶことです。哲学は、意識を改革する方法です。

意識を改革するには、常に、自己のなかで、意識を攻撃しないといけないわけで、それが思考となっているわけです。

しかし、このような人たちは、思考しないために、意識すら意識できずに、自己以外に攻撃を求めるしかなくなるのです。だから、絶えず、主観を掲げ、攻撃対象を求めて彷徨うしかなくなるのです。思考を失ったゾンビといえます。宗教組織は、このようなゾンビを信者として正当化するのに好都合でもあります。

質問した人からのコメント

2010/8/24 17:50:26

他に回答して下さった方も含めてありがとうございました。一番納得出来た回答をBAにさせて頂きました。

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qwei004さん

2010/8/1811:42:28

両者は同質のものだと思います。信者にしてもアンチにしても、その対象に依存している存在ですからね。ベクトルの向きが違うだけで、質としては同じです。対象の現状を冷静に把握することなく、存在を盲目的に極端な評価を与えることで、自分のスタンスを規定している。どちらも初めに肯定あるいは否定ありきです。肯定あるいは否定がコンプリートされている限りにおいて彼らは快感を得る。つまり、対象への感情というより、対象に投影した自己に陶酔しているのだと思います。肯定あるいは否定という形で投影される自己を死守するために、信者あるいはアンチは必死になるのでしょうね。そこでは対象ですら、彼らの自己を充足させる道具に過ぎません。だから、対象にまつわる情報が事実かどうかなどは大した問題ではありません。肯定あるいは否定のコンプリートを妨げるものは全て排除の対象となる。当然、犯罪や敗戦などのマイナス要素は排除対象となります。彼らが本当に好きなのは自分であり、守りたいのは自分のプライドであり、自分の快感なのだと思います。
だから、彼らはある程度、楽しみ尽くした後は新たなターゲットを求めて移ろっていきます。一人の芸能人、アニメキャラだけを生涯好きというケースはほぼ稀だと思います。新しい対象が現れたら、そちらに移っていく。熱狂とはそうしたもので、対象は投影され、イメージを搾取される存在であり、彼らは自己の充足のためにそれらを利用しているに過ぎないのだと思います。

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kumomadaraさん

2010/8/1801:59:13

ネットでは普通のことだと考えた方がいいと思います。

質問者さんはそれは異常なことであり、本来は論理的かつ冷静に話ができるべきだと考えているのでしょうが、例えば専門家同士の議論であっても冷静さとは程遠いやりとりが行われているのが実状です。

参加者のレベルが低いからだというのは納得いく答えではありません。

参加者のレベルが高く普段から議論に慣れている人であっても同じような結果になることが多いのです。

質問者さんが考えるような特別な理由などないと私は思います。


異常な考えの持ち主がそのようなやりとりを行っているのではなく、普通の人の普通の考えがそのようなやりとりを引き起こすのです。

自分は違うと思いたいでしょうが、お互いにそう思っているからこそ相手を非難していることを忘れてはいけません。

自分は社会に適応しているが、あいつは社会で適応できないかわいそうな人に違いないとお互いに本気で思っているから質問者さんの見たようなやりとりになるのです。

顔も知らず性別もわからず、能力や好みも全くわからない相手と意志疎通させるのは普通の人にはできないと思った方が良いでしょう。


普通の人が普通の考えでネットでやりとりするからああいう悲惨なことになるということですね。

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gumondagaさん

2010/8/1801:18:39

単純に一言で言うと「ガキ」なんですわ。

精神年齢が低くて、自分や他人にたいする洞察力が著しく欠如している。

臨床心理学で言うと「境界例」と言われるタイプの人々かも。

近年、世界中で増殖傾向にあるみたいですがね。

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