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応天門の変で犯人は伴大納言善男だと判ったのでしょうか?

manager_used_shopさん

2010/12/1520:58:46

応天門の変で犯人は伴大納言善男だと判ったのでしょうか?

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知恵袋マスター

2010/12/1522:37:46

「伴大納言絵詞」「宇治拾遺物語」によると、子供同士の喧嘩から親が介入、そこから事件の真相が明らかになっています。

伴大納言の家の出納を司る役人の子と、舎人(とねり、天皇、皇族、貴族に近侍して雑務をする従者)の子が喧嘩、そこへ両方の親が介入して、そこで舎人が伴大納言が応天門に放火したのを目撃したと暴露したことによります。

でも実際は少し異なるようで

放火事件が発生してから5ヶ月経過した8月3日、大宅鷹取(おおやけのたかとり)が応天門に放火したのは伴大納言本人とその息子の中庸(なかつね)と訴え出ます。朝廷は伴大納言を尋問するも、伴大納言は否認。その取り調べの最中に告発者の大宅鷹取の娘が殺害される事件が発生します。朝廷は容疑者として伴大納言の従者である生江恒山(いくえのつねやま)を捕縛、その後関係者も次々に捕縛され、厳しい拷問を伴った取り調べに伴大納言と息子・中庸の犯行と自供します。

伴大納言は犯行を否定し続けるも、息子・中庸の自白により伴大納言善男らが放火犯であるとして決着。死一等を減じられ、伴大納言善男、伴中庸、紀豊城ら5人は遠流、伴氏と紀氏の親族8人も連座して配流となります。

この事件で伴氏、紀氏は没落し、嵯峨源氏一派も藤原氏に対抗できないようになったことで、藤原良房が一番得をしたことになったことから、藤原良房の陰謀ではなかったかという疑いもあります。

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rivoisuさん

2010/12/1610:34:20

藤原氏陰謀説に一票。

応天門は伴氏が寄贈したもの。先祖が寄贈したものに自分で火をつけるなど考えられない。

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2010/12/1600:26:56

「日本三代実録」には、伴善男に対する判決文が記録されていますが、ここには実に奇妙な論理が展開されています。
応天門放火が伴善男と息子・中庸(なかつね)の犯行だったというのは、備中権史生という下級官吏であった大宅鷹取なる人物の告発が根拠ですが、このことについて、判決は、中庸は放火を自白したとしていますが、善男については、最後まで自白しなかったと明言しています。
一方、応天門焼失事件と平行して、中庸が鷹取の娘を殺害したとされる事件が審理されていました。「伴大納言絵巻」では子供の喧嘩に置きかえられている事件ですが、判決は、この事件について、中庸の独断で実行したというのは偽りであって、善男が中庸に指示してさせたものであると認定しています。
問題はここからで、「人(鷹取の娘)を殺せること既に巧詐と知る。即ち中庸は父の教命を受けて、為せる所という事疑い無し。」というのです。鷹取の娘殺しは「巧詐」であることが知れた。つまり、中庸が独断でしたというのは、善男の指示を隠すための偽装工作だと判明した。「即ち」応天門放火についても、善男の指示でしたことは疑いがないという理屈です。なにが「即ち」なのか、さっぱりわかりません。朝廷も善男が本当に応天門放火を指示したという確信はもてなかったのです。
そもそも鷹取娘殺害事件にしても、応天門放火事件にしても、善男・中庸の犯行に関する証言は、中庸の従者である生江恒山・伴善縄を拷問して得られたものです。しかも、恒山・善縄とも、善男の応天門放火への関与は最後まで否定しているのですから、彼らの証言に信用はおけません。
鷹取の告発証言自体も怪しいものです。大納言・右衛門佐という地位にある人間が、夜中に応天門まで自ら火を付けに行くとは思えません。こんなことは配下の者にさせるでしょう。想像するに、鷹取は善男・中庸のために娘を殺され(理由は不明です)、二人への復讐の念から偽証をしたと考えられます。
それでは、真犯人は誰なのかということになりますが、単なる失火と見るのが妥当です。藤原良房陰謀説もありますが、この事件を最初に犯罪として告発したのが善男その人であることを考えると、それはあり得ないと思います。善男は、仁明天皇の信任が厚く大納言まで出世しましたが、狷介な性格で敵も多く、仁明天皇崩御後の朝廷では孤立していましたから、応天門放火などという危ない橋を渡ってまで陥れなければならない相手ではありません。
思うに、応天門焼失は国家の正庁である朝堂院の正門が焼けるという、政府の面目丸潰れの事件で、政府は事後処理に苦慮していました。そこへ、善男が左大臣・源信の失脚を狙って事件をフレームアップして告発したのに目を付けて、政府は、逆に朝廷内で孤立していた善男にすべての罪を着せることで、事態の収束を図ろうとして、鷹取に偽証をさせ、放火事件のシナリオを作ったものと考えられます。

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