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巨人の星の年代は、どのくらいでしょうか?

ahoimoriotokoさん

2011/2/706:47:34

巨人の星の年代は、どのくらいでしょうか?

補足物語の年代です。
昭和33年1958年に、長嶋が巨人に入団しました。
そしてパーフェクトゲームで、最終回でした。
何年くらいでしょうか?
新巨人の星は巨人の最下位からのスタートでした。
最終回は、何年くらいでしょうか?

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ベストアンサーに選ばれた回答

編集あり2011/2/715:32:18

「巨人の星の年代」とはどういう意味ですか?
原作は1966年に始まって1970年末に連載が終わり、講談社コミックスの単行本が1971年ごろから出た1995年ごろから文庫になっています。
アニメは日テレで1968年から1971年までで何度か再放送されており、今でも神奈川テレビで再放送中。

「新巨人の星」は1976年から1979年まで「週刊読売」連載で、アニメ「新巨人の星」はやはり日テレで1977年から78年まで、原作の後半を「新巨人の星II」として1979年に放送し、今、ギャオで配信中です。

補足について
劇中に昭和何年とか書いてありますよ。
巨人の星第1話、1958年に長嶋が巨人に入団、そこで星飛雄馬が魔送球を投げつけました。
星飛雄馬が高校1年の夏の甲子園のあとに退学し、巨人にテスト入団し、年明けが1968年。これが星の一軍の1年目。
飛雄馬が入学したときは1966年(昭和41年)でしたが劇中で半年たったときに、時代背景が1年経過してしまいました。
一軍最初のキャンプは台湾で1968年。

大リーグボール1号を編み出したのは1968年の初夏、前半戦のとき。
花形が大リーグボール1号を予告ホームランしたのは1968年9月18日、巨人と阪神の大乱闘の試合です。

オズマが見えないスイングで大リーグボール1号を打ち砕いたのが1969年前半戦。
大リーグボール2号=消える魔球は1969年9月に完成し、星飛雄馬は魔球のチャレンジ精神をアポロ月着陸と重ね合わせています。

消える魔球が花形に打たれたのが1970年前半戦で、この時期、プロ野球の八百長、黒い霧問題、暴力団が劇中でもテーマになっています。
大リーグボール3号は1970年のオールスターで登場し、この時から野村克也が南海の選手兼任監督。

完全試合は1970年の後半戦。

「新巨人の星」は長嶋巨人の最下位の時代なので1975年(昭和50年)です。
長嶋監督が伴と一緒に星の秘密特訓を見たときは阪急と広島の日本シリーズの最終日でした。
星飛雄馬は5年ほど失踪していたことになります(その間は「侍ジャイアンツ」の番場蛮が奮闘)。

星飛雄馬が長嶋巨人にテスト生として復帰したのは1976年の宮崎キャンプで、当時、日ハムから張本勲が移籍したばかりでした。
オールスターでセリーグの監督は広島の古葉監督。
76年後半戦から星は右投手としてマウンドに復帰。

77年、星は左門に球種を読まれて二軍落ちとなりますが、復帰して、あとは鷹ノ羽圭子と出会って、ロメオ南条との対立などがあってオールスターを挟んで不調となり、1977年9月、王貞治756号HRのとき、飛雄馬はベンチ待機でした。

「新巨人の星」原作の最終章「新魔球の章」は1978年のシーズンで、正月にハワイで特訓したとき、星飛雄馬が江川と間違えられています。ここで星が大リーグボール右1号を編み出します。
1978年はヤクルトが優勝したので、原作「新」では星が魔球を花形(ヤクルト)と左門(横浜大洋)に打たれて終わりでした。

アニメ「新巨人の星II」は1979年に放送され、星が左門に癖を読まれた辺りからいきなり魔球開発になり、話が原作から乖離して、最終回では巨人が優勝、飛雄馬が大リーグに挑戦するところで終わったようです。
だから今ギャオで配信している「新II」では時代設定が曖昧で、前半戦か球宴か後半戦かも曖昧で、時間軸がわかりづらくなっています。

質問した人からのコメント

2011/2/8 04:20:12

降参 ありがとうございました。

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