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三代の栄耀一睡のうちにして、大門の跡は一里こなたにあり。秀衡が跡は田野になり...

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質問者

jaian_hawaian_jawaianさん

2005/11/2216:47:22

三代の栄耀一睡のうちにして、大門の跡は一里こなたにあり。秀衡が跡は田野になりて、金鶏山のみ形を残す。まづ高館に登れば、北上川南部より流るる大河なり。衣川は和泉が城を巡りて、高館の下にて大河に落ち入る。泰衡らが旧跡は、衣が関を隔て、南部口をさし固め、蝦夷を防ぐと見えたり。さても義臣すぐつてこの城にこもり、功名一時の草むらとなる。国破れて山河あり、城春にして草青みたりと、かさうち敷きて時の移るまで涙を落としはべりぬ。
・夏草や兵どもが夢の跡
・卯の花に兼房みゆるしらがかな 曾良


コレの口語訳をおしえてください

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ベストアンサーに選ばれた回答

z_og3さん

2005/11/2217:44:55

藤原三代の繁栄も一睡の夢のようにはかないものだ。
表門の跡は一里ほど手前にあって、秀衡の館の跡は田野になってしまい、金鶏山だけが昔の形を残している。
高舘の廃墟に登ると北上川は南部地方から流れてくる大河であることが分かる。
衣川は和泉が城の周りをめぐり、この高舘の下で北上川に流れ込んでいる。
泰衡達の屋敷の跡は、衣が関を隔てて南部口をしっかりと固め、蝦夷の侵入を防いでいたと見える。
それにしても優れた忠義の武士達がこの城に立て籠もって戦った手柄も一時の夢と消え、今は草むらになった。
「国は荒れ果てても山河は昔の通り、城跡にも春になると草が青く茂っている。」
(という漢詩を思い出して)笠を置いて腰を下ろし、時の経つのを忘れて涙を流したことであった。

ここは、今は夏草が生い茂っているだけだが、昔藤原三代や義経一党の夢の国の跡なのだ。

咲き誇る卯の花を見ると、白髪を振り乱して戦う増尾十郎兼房の姿が見えるようだ。

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