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江戸城ってなぜ再建されないのでしょうか?

ganganikuze117さん

2011/10/1519:28:04

江戸城ってなぜ再建されないのでしょうか?

補足今、テレビで見ていましたが、皇居東御苑には、なんと天守台が現存しているそうです。基底部38×34メートルの石組みがあるそうです。この上に高さ地上61メートル、五層六階(地下部分有り)の天守閣が載っていたとのこと。東京都民が寄付をすれば結構建設できそうな気がします。私は名古屋ですが、名古屋城が戦争で焼失、今は復元されています。東京には江戸城というランドマークがあっても良いような気がします。

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tabear_610さん

2011/10/1519:46:00

当時の江戸城の場所には今の天皇の家、皇居がありますから

江戸城、見たいですよね~^^

質問した人からのコメント

2011/10/17 09:21:56

全くの張りぼてで非公開でもいいからお姿が見たいわね。公開して天皇側のみ見せないように工夫すればいいのよね。丸の内側しか見せないようにとか・・子供のころから思っていました。天主代があるなんて全く知りませんでした。

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2011/10/1603:31:14

先日も行ったけど城自体は当然の平屋で敷地は大きいが天守台は小さく感じる。面積も名古屋より小さいかも知れないが?

まず天皇御一家の住居を見下ろす事が好ましくないのと(現在も松の廊下など西側は塀があり見えないようになっている)実際に天守閣があったのは僅か数十年であとの二百年はなかった。そして元江戸城でも現在は皇居。本当に必要でふさわしいものなのか?国民のコンセンサスが必要です。

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masamiinさん

編集あり2011/10/1523:40:04

>上に高さ地上61メートル、五層六階(地下部分有り)の天守閣が載っていたとのこと。
その話は全くの誤りです。確かに現在天守台は現存していますが、あの天守台の上に天守が建ったことは一度もありません。

江戸城では天守が何度か建ちましたが、最後の天守は有名な明暦の大火で焼失しました。その後天守を再建しようとしましたが、この火事で天守台もボロボロになってしまい、天守を再建するには天守台から再建しなければならなくなりました。そこで再建されたのが現在現存する天守台です。

ところが肝心の天守については、保科正之が天守よりも江戸の町の復興を優先すべきだと主張し、これが採用されたため、結局再建された天守台の上に天守が建つことは一度もありませんでした。

そういうわけで現在残る天守台の上に本来存在したことのなかった天守を建てることは、歴史の捏造に他なりません。確かに現在江戸城天守を再建しようと運動している団体はあるようですが、私はそんな歴史捏造には断固反対です。

同様のことは仙台城でも起きました。数年前に仙台城では複数あった三重櫓のうち一つを再建しようという動きが非常に活発化していました。そこで再建の下準備のためにその櫓の基礎となる部分の石垣の修理も兼ねて発掘調査を行ったところ、その石垣の下にまた石垣が、その下にさらにまた石垣が埋まっていることが分かりました。文献史料の記述と照らし合わせた結果、一番下の石垣が伊達政宗が築いたときの石垣であり、これが地震で崩れたため、それを埋める形で新たに造られたのが二つ目の石垣、さらにのちにその二番目の石垣も破損したため、それを埋めて新たに造ったのが三番目つまり現在見られる石垣だったわけです。そして再建しようとしていた三重櫓は二番目の石垣の上に立っていたものであり、その石垣が破損した後に埋めて造られた三番目の石垣の上には櫓が建てられたことがないことが分かりました。

このため、現在見られる三番目の石垣の上に櫓を再建することは歴史捏造ということになり、かといって埋まっていた二番目の石垣を再建するということになるとその上の三番目の石垣を破壊しなければならなくなります。再建推進派は何とか三番目の石垣の上つまり歴史捏造を冒してでも櫓を再建しようとしたようですが、地元の人々や専門家などの大反対に遭い、結局この櫓の再建は諦められ、石垣の修理だけで終わりました。

また、現在では名古屋城天守のような建物を建てることは事実上禁止されています。ちなみに厳密に言うと名古屋城天守は「復元」ではなく「外観復元」です。「復元」というのは当時のままに再建したというものです。当時のままなので当然木造でないといけません。「外観復元」は外からの見た目は元のままに近いが、中身は鉄筋コンクリートという、悪い言葉で言うと張りぼてです。

現在城の建物を再建するときには文化庁の許可が必要になりますが、その許可を得る条件をいくつか挙げると、
・設計図などが残っていて当時のままに再建することができる
・古写真などが残っていて外観も当時のままにすることができる
・当時の技術を使って当時のままに再建することができる
従って当然ながら木造以外は現在では許可が下りず事実上禁止されています。また前述したように現在残る江戸城天守台には天守が建ったことが一度もなく、そんな状態で建てようとしても許可は下りないでしょう。また建築基準法という壁もあります。建築基準法では耐震構造の問題から木造建築物を建てるのに何階以上は禁止、という決まりがあります。何階以上だったか忘れましたが、3階か4階だったと思います。明暦の大火前の江戸城天守は地階を除いても5階です。数年前に愛媛県大洲市の大洲城で4階の天守が木造で復元されましたが、その時に建築基準法との関係で相当揉めたそうです。このように4階建ての天守でさえ揉めに揉めたのに、5階建ての天守が許可されることは考えられないのではないかと思われます。

なんか名古屋城でも河村市長が現在の鉄筋コンクリートの天守を取り壊して木造のを新しく造ろうという話をしていましたが、仮にお金の問題がなかったとしても建築基準法でダメになるでしょう。なお、熊本城では飯田丸五階櫓という名前の通り5階建ての櫓が復元されていますが、4階以上は立ち入り禁止になっています。

そういうわけで江戸城天守の復元は無理でしょうし、私は絶対反対です。
すごく長くなってすみません。。。(´・ω・`)

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2011/10/1523:24:25

一、江戸城天守は明暦の大火で焼けて以降再建されていません
つまり江戸時代を通してほとんどの期間は天守が存在していなかったのに、現代に再建する必要があるか

二、国の特別史跡であり下手なものを建てて遺構を破壊するおそれがある
石垣、土塁も貴重な文化財である

三、皇室の住居であり、宮内庁の管理地である
あまり観光施設的なものは建てられないし、もし建てたら、そこに上ると吹上御所を眼下に見下ろすことにもなる

…といったところですかね

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granzootさん

2011/10/1520:52:05

建設計画自体はありますが障害になってるのは例えば天守を一般公開した場合の皇居の警備問題や管轄官庁の問題です。
皇居は宮内庁、例えば迎賓館の代わりに使うとなれば総理府の管轄で観光は運輸省、新宿御苑は環境省自然保護局の管轄で縦割りの勢力争いがあるようです。
また建設費も1000億くらいはかかるのでどう見ても国が出さざる終えない。
国民の江戸城再建への総意が得られるかどうかも問題になります。

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編集あり2011/10/1520:34:27

石垣に火災の跡があってもろくなっている印象を受けます。そこが大丈夫ならいいんですが。私は再建賛成派です。
やるとしたら木造で忠実に復元するか、コンクリートで外側だけ再現するのがいいのか議論が必要でしょうね。木造だと高齢者や障害者の方にはつらいものになります。コンクリートで博物館のようなものを作ると、両国の江戸東京博物館と競合してしまいます。

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