解決済みの質問
伝説の指揮者カルロス・クライバーは音楽をブエノスアイレスで1年学んだそうですが...
伝説の指揮者カルロス・クライバーは音楽をブエノスアイレスで1年学んだそうですが
どうゆうことをどこで学んだんでしょうか
1年でなにが勉強できるのでしょうか
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- 質問日時:
- 2012/2/9 23:07:47
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- 解決日時:
- 2012/2/14 16:42:47
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- 回答数:
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ベストアンサーに選ばれた回答
カルロスは幼少時から南米暮らしを余儀なくされましたが、父のエーリヒは息子が音楽家になるのに反対(多分自分自身の辛い経験からでしょうが)で、彼には専門的な音楽教育を受けさせませんでした。しかし、どうしても父の後を追いたいカルロスは20歳の時にブエノスアイレスで勝手に音楽の勉強を始めてしまったわけです。
当時アルゼンチンには父だけでなく、大戦中に亡命してきた多くのユダヤ系音楽家が集結していましたから、勉強には事欠かなかったことでしょう。この流れからアルゲリッチやバレンボイムのような天才が生まれたのですから。
しかしその息子の姿勢に折れたエーリヒが、どうせ勉強するならとヨーロッパでの修行を勧めることになり、22歳の年にはその修行の場をスイス、ドイツに移したということです。本当の意味での勉強はドイツの歌劇場の見習いになってからということで、遅咲きの天才指揮者だったということでしょう。もっとも生まれてからずっと偉大な父親の後ろ姿を見続けていたわけですから、大変な勉強をすでにしていたということかも知れません。
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- 回答日時:2012/2/10 21:10:58
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ベストアンサー以外の回答
(1件中1〜1件)
ウィキを見ると「カルロスの父親のエーリッヒ・クライバー(同じく世界的に有名な指揮者)がナチスと衝突して、1938年家族でアルゼンチンに亡命。1950年カルロスが20才の時にブエノスアイレスで彼は音楽を学び始めた」とあります。
それ以上詳細は分かりませんが、ブエノスアイレス行きは留学といったものではないようです。また「学び始めた」とあるので、ブエノスアイレスでは音楽の基礎を勉強したんじゃないかと考えられます。
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- 編集日時:2012/2/10 20:53:50
- 回答日時:2012/2/10 14:36:40


質問した人からのコメント
やっぱりパパクライバーの影響が大きいのかもしれませんね
お二人ともご回答有難うございました