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解決済みの質問

醍醐天皇と後醍醐天皇は別人ですか? それから、醍醐天皇は実在していた可能性は...

haku_ami1431さん

醍醐天皇と後醍醐天皇は別人ですか?

それから、醍醐天皇は実在していた可能性はありますか?

歴史について、詳しくおねがいします。

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sabutaro0202さん

全くの別人です。
醍醐天皇は平安時代、後醍醐天皇は鎌倉~南北朝時代の人です。
醍醐天皇はほぼ間違いなく実在していたとされています。
源頼朝や平清盛と同じレベルで確かです。
醍醐天皇は菅原道真や藤原時平を大臣に据え、自らもすぐれた執政を行ったとされ、のちにその治世は「延喜の治」として後々まで尊崇されました。
また『延喜格式』という法律書や『日本三大実録』、『古今和歌集』の編纂も手がけました。
こうした業績は平安時代のさまざまな書物に書かれています。陵墓も京都に存在しています。

さて、天皇の呼称はいくつか区別があります。
まず天皇家には「姓」はありません。
そして一般人と同じ名前にあたるものは「諱(いみな)」と呼ばれています。
たとえば今の天皇陛下は明仁、醍醐天皇は維城(のちに敦仁と改称)、後醍醐天皇は尊治です。
次に○○天皇という呼び方ですが、通常これは天皇の死後につけられる「諡号」です。
ですから本来天皇は存命中に自らの諡号を知ることはないのですが、後醍醐天皇は自分で「後醍醐」という諡号を決めたそうで、そういう天皇も少なからずいました。

後~というのは紛らわしく思われるかもしれませんが、後醍醐天皇は醍醐天皇の治世を模範とし、「醍醐天皇の継承者」を自負してそのような諡号を決めたと考えられています。
藤原氏の摂関政治を避け自ら親政を行った(実際には摂関政治の基礎は醍醐帝の時代にも作られたのですが)醍醐天皇を、鎌倉の武家政権を倒して天皇親政の復活を目指した自らに重ね合わせたのでしょう。
また南北朝時代において、自らの天皇としての正統性を顕示する意味でも、「後醍醐」という諡号は重要だったとされています。

質問した人からのコメント

  • 降参ありがとうございました!
  • コメント日時:2012/2/14 16:47:40

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sangod4さん

第60代醍醐天皇は第59代宇多天皇の皇子で、第61代朱雀天皇と第62代村上天皇の父。

第96代後醍醐天皇は第91代後宇多天皇の皇子で、第97代後村上天皇の父。

醍醐天皇が実在しなかったという話は聞いたことがありませんが?

buzan0915さん

勿論別人です。 醍醐天皇は第60代、平安時代の前期(西暦900年頃)の天皇、後醍醐天皇は第96代、南北朝期(西暦1300年頃)の天皇です。
醍醐天皇は実在です。(但し、お目に掛かった事はないので、記録を信じるのみ)
資料やNETでいくらでも調べられます。歴史に興味があるのなら自分で調べなさい。更に興味が湧きます。

himaronkuririnnnさん

醍醐天皇。885年~930年第60代天皇です。宇多天皇の第一皇子です。後醍醐天皇は、第96代天皇です。本人が、後醍醐天皇してくれと生きてうちから自分で決めたから先代醍醐天皇の関白や摂政をおかなかった政治姿勢を尊敬してたようです。

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  • 回答日時:2012/2/12 19:35:56
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