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決定権はどっち?

質問者

asahi1yomiuri2さん

2013/3/406:04:10

決定権はどっち?

指揮者とソリストで意見がくいちがった時って最終的な決定権はどっちにあるんですか?やっぱり指揮者の方?
あと、どうしても意見が合わなくてやめになっちゃったなんてこともあったりするんですか?

補足回答ありがとうございます。ただ、お互いの力関係とか性格的に譲る譲らないといった意味の分かりきった質問ではなく、単純に本来どっちが決定権があるのかを聞きたかった。

後半の質問に関してはとても面白く大変ためになった。グールドとバーンスタインって面白いけどお互い譲らないところもおもしろいね。教えてくれた方々、ありがとうございます!

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ベストアンサーに選ばれた回答

編集あり2013/3/420:44:37

>決定権はどっち?

指揮者にあります。
オーケストラ演奏に関する総監督的要素、責任者(演奏に対しての)、その他一切の権限を通常指揮者を頂点とするピラミッド構造でオーケストラは機能しています。

指揮者の意図が各メンバーに伝わる、個人的に演奏する前にセクションとして機能する、隣同士でアインザッツを合わせる、それを全体的にもあてはめる、などと、オーケストラは機能的に動かないと破綻をきたします。
その破綻をきたさないためにも指揮者という人が必用なわけです。
演奏に対するイニシアティヴも握っているので、テンポ設定その他表現に関しても指揮者の意図が反映されるのが一般的で、それを聴衆がどう感じるかにより評価が異なってくる、個人的嗜好により評価に差が出る、というのが一般的な現象かと思われます。


>あと、どうしても意見が合わなくてやめになっちゃったなんてこともあったりするんですか?

実際にリハーサルが開始されてから意見が合わず、ソリストが降りてしまい、コンサート当日になってから「本日ソリスト病気のため、○○が△△の曲を演奏します」というような事後報告的なことは希にあります。
ただし一般に知られては少々マズイので隠されますが。
これはすでにコンサート告知が行われていて、ポスター類、パンフレット類、フライヤー、音楽雑誌その他のメディアですでに伝わってしまっているため、今さら書き換えることが不可能だからです。
ズルイと言えばズルイですが、そういうこともあります。



また、全く別のことになりますが、有名人をソリストにし、コンサート当日には例えばコンクールなどで優勝した、これから売り出したい人をソリストにする、という手法もこの業界ではよく使われます。
これは完全に出来レースで、指揮者もオーケストラも告知とは別の曲とソリストで事前にリハーサルを行っています。
でも聴衆は当日になってから「ソリストが代わりました」としか告知されないので真実を知りません。
例えばキャンセルが多いとよく云われるアルゲリッヒですが、私も数回ドタキャンを喰らったことがあります。
ただしコンサートそのものがキャンセルされるのではなく、ちゃんと代役がいるんです。
その時はプロコフィエフのピアノ協奏曲第3番というアルゲリッヒで「是非とも聴きたい!」というプログラムでしたが、いざミュンヘンのホールへ行ってみたら、当時某コンクールで優勝したダグラス氏によるチャイコフスキーの第1番にすり替わっていました。
アルゲリッヒが聴きたかったので、アタマにキてそのコンサートは聴かずに帰りましたよ(苦笑)。そんなこともあります。



有名な例で音源化されているものとして、バーンスタイン/ニューヨーク・フィルによる1962年4月6日、カーネギーホールに於いて行われた、ソリストにグレン・グールドを迎えての、ブラームス:ピアノ協奏曲第1番があります。
バーンスタインは演奏前に聴衆に向かって「前口上」を行い、かなり変わった演奏になる旨、事前に聴衆に対して伝えています。
ちなみにラジオ放送される演奏でもあったので、レア中のレアケースだと思います。
バーンスタインの演奏は颯爽としていますが、いざピアノソロが開始されるとテンポが極端に遅くなり、またオーケストラだけになるとテンポが速くなる、というキワモノ的な演奏です。決してヒドイ演奏という意味ではなく、かなり変わっているという意味です。
バーンスタインもグールドも、自分の主張を曲げることなく、そのままコンサートに至ってしまったという例です。
ジャケット写真では中が良さそうに見えますが、お互いの主張は変えなかったのですね。
ちなみにバーンスタインは後年ウィーンフィルとツィマーマンをソリストに迎えて再度録音していますが(DG)、この時のバーンスタインはかなりテンポが遅くなっていて、まるでグールドのテンポのようです。
詳しいリーフレット翻訳がこのサイトで閲覧できますので、ご参考にどうぞ。

*補足*
たしかにこの例は興味深いですよね、一般に知れ渡ってしまったLIVE演奏ということもありますし。
ちなみに、大家の演奏家が来て、若手指揮者が振るかといっても、シンプルに決定権は確実に指揮者にあります。
もちろんソリストの意見を取り入れ、話し合いながらですが、ソリストの言いなりになるような指揮者がいたとしたら、それは完全に間違いです。
そもそも、指揮者はオーケストラを統率しなければならない立場にあるのに、ソリストの言いなりになっていたら仕事ができません。
そういった妄想や想像はともかく、指揮者は立場上どうしても決定権を持たざるを得ないんです。
好き嫌いに関わらず、指揮者の指揮棒が動いたらそれに従って演奏が動くんです。
ただそれだけのこと。上下関係や縦社会構造?日本人のサラリーマン社会の延長と音楽の世界は違うんです。
興味深い質問でしたので、こちらも楽しむことができました!

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質問した人からのコメント

2013/3/5 06:15:33

説得力がありました。ありがとうございました。他の方もありがとうございました。

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ベストアンサー以外の回答

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2013/3/415:17:11

この質問、私はかつて女流チェリストのオーフラ・ハーノイ嬢に直接出来たという幸運な経験を持っております。

その際彼女はまったく迷わず即答でしたね。

『勿論、自分よ!』と。

その余りの堂々とした回答に『何故ですか?』と問い直す事すら出来ませんでした。

私なりに考えましたが、ソリストがある曲というのはやはりソリストが主役な訳です。

勿論、指揮やオケの伴奏がどうでもいい、とはいいません。

しかし意見が割れた場合は最終的に主役に脇役が合わせるべきです。

その範囲内で全体としてバランスをとった演奏を目指すべきでしょう。

それが無理なら共演しないこと、それしかないですね。

しかしそういった個性のぶつかり合った演奏のほうが結果的には多くの人気をうる傾向がありますよね。

今時は皆お互いに妥協しあってそこそこの演奏しか目指さないからむしろこうした対立は望ましい?くらいですw。

ともかく芸術に妥協はあってはなりませんからね。

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2013/3/411:57:37

音楽家としての力関係ですね。
新人が大御所に勝てるわけない。
同じくらいだと、オケを味方に付けたほうが勝つ。

指揮者は音が出せないから、本番が始まればソリストの勝ち。

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fgnijeaさん

2013/3/411:53:27

それは指揮者とソリストの力関係次第です。

極端な例では、

世界的ソリストが日本のオケに客演し、日本人の若手指揮者が振れば、間違いなく決定権はソリストにありますし、

世界的指揮者が来日し、ソリストに日本人の若手演奏家が抜擢されれば、間違いなく決定権は指揮者にあります。

つまりケースバイケースです。

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monakaataruさん

編集あり2013/3/409:15:48

有名な話をいくつか

グレン・グールドの場合
バーンスタイン/NYPとのブラームス/ピアノ協奏曲第1番の演奏会で、演奏前にバーンスタインが「曲のテンポについて意見が一致しなかったが(指揮者としては不本意ながら)ピアニストに合せて演奏する」ことをスピーチした。
ベートーヴェン/ピアノ協奏曲第5番「皇帝」の録音に際し、指揮者がバーンスタインからストコフスキーに変更になった。

アルトゥーロ・ベネディッティ・ミケランジェリの場合
ベートーヴェン/ピアノ協奏曲第5番「皇帝」の録音に際し、指揮者カルロス・クライバーと意見が合わず、休憩時間に出て行ったまま帰ってしまった。結局、指揮者はジュリーニに変更された。

ロストポーヴィチの場合
カラヤン/BPOと録音したドヴォルザーク/チェロ協奏曲に不満があり、数年後、別レーベルにジュリーニと録音した。

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編集あり2013/3/408:54:16

一応ソリストに合わせるのが指揮者の仕事です。もちろん人間ですから喧嘩別れもあります。
フリッツ ライナーとリヒテルは本番で喧嘩したので、録音は指揮者がラインスドルフに代わりました。
グールドは椅子の調整を延々とやったので、セルがキレてしまいました。バーンスタインと共演するときは、指揮者がグールドの遅いテンポについて聴衆にコメントしています。
ホロヴィッツはビーチャムの遅いテンポに焦れて、チャイコフスキーをものすごい勢いで弾いて、アメリカデビューを飾りました。
ポゴレリチはカラヤンと喧嘩して、録音はアバドに代わりました。
大物のソリストの代わりはいないということです。それくらい自己顕示しないとソリストでやっていけないということです。もちろん、若いソリストは妥協してしまうことが多いと思いますが。

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