解決済みの質問
東京学芸大と東京教育大学
東京学芸大と東京教育大学
今はなき、東京教育大学とは、教員養成系の大学だったのですか?
どんな大学だったのでしょうか?
学風や、レベルなど、ご存知の事なんでも教えてください。
東京学芸大学とはどう違っていたのでしょうか?
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- 質問日時:
- 2007/3/5 12:13:21
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- 解決日時:
- 2007/3/20 03:25:38
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ベストアンサーに選ばれた回答
東京教育大学の前身、東京高等師範学校は、高等学校の教官(教諭ではなく教授、助教授等で構成)を養成する機関でした。大学昇格(東京文理科大学)後は大学教官、すなわち研究者養成学校としての役割を担っていました。同種の大学に、広島大学(旧広島文理科大学)があります(ただ広島大学は、旧師範学校も統合しています(学校教育学部))。
東京学芸大学は都内の4つの師範学校を統合して作られました。師範学校は小学校、中学校の教員を養成する学校で、高等師範学校が戦前の高等学校格(前期高等教育。今の大学教養課程)にあたるのに対し、中学校格(中等教育。今の中学校・高等学校)で、高等師範学校の下位の教育機関でした。
戦後の東京学芸大学も、小学校、中学校、高等学校の教員養成のための大学です。
東京教育大学:研究者(大学教員)養成
東京学芸大学:教育者(小中高校教員)養成
という違いです。
レベルでいうと、東京教育大学は、早稲田慶応より難関で、一橋、東工大と同レベルの大学でした。マルクス主義者の牙城で、当時の左寄りの学生の間では、東大並みの人気がありました。
学生運動があまりに激しすぎたので、学園紛争終焉後、東京教育大学は事実上解体させられました。筑波は東京教育大のインフラを受け継いでいますが、追放された教官も多く、筑波大学の設立に当たって、当時の文部省は、東京教育大カラーの払拭に全力を尽くしました。
したがって、筑波大が教育大を受け継いだとは必ずしもいえないところがあります。
東京学芸大学は、教員養成系の中ではトップですが、教員採用数の減少(卒業しても教員になれない学生の増加)、教員人気の低下によって、相対的なレベルは下がり続けています。
今では明治立教法政よりも下、日大あたりと大差ないのではないのでしょうか。
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- 回答日時:2007/3/5 19:58:00
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当時は、大学が一期校と二期校に分かれていたせいもあって、教育大学のほうが入学が難しい学校と言う印象でした。
教育大学は、元高等師範学校で、学芸大学は師範学校と、教育大学のほうが「高等」だったのです。
今でも、そのイメージは残っていて、筑波大学のほうが、研究面で勝っているのではないでしょうか。
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- 回答日時:2007/3/5 18:50:29
東京教育大学は東京高等師範学校、東京文理科大学、東京農業教育専門学校、東京体育専門学校を母体とし、文学部・理学部・教育学部・体育学部・農学部からなる「総合大学」でした。必ずしも教員養成系限定というわけではなかったようです。
東京学芸大学は戦前の東京府立の各師範学校を母体とする教養系大学(単科)です。
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- 回答日時:2007/3/5 12:19:04

