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落ち葉の夜歌仙これより恋の部への俳句の作者を教えてください。 

ushiwaka3114さん

落ち葉の夜歌仙これより恋の部への俳句の作者を教えてください。 

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hayapoohnonpoohさん

飯田竜太

大正9年7月10日、飯田蛇笏の四男として山梨県八代郡境川村小黒坂川村小黒坂に生まれる。
昭和13年、県立甲府中学を卒業。昭和15年國學院大學入学。
この前後から文学に親しむようになる。

一年ほどして肺浸潤を病み、休学して帰郷した。
俳句はこの頃から始めたという。
一時は好転したが、完治するに至らず手術をする。

戦後、國學院大學を卒業。戦争において兄3人を失った為、飯田家を継ぐことになり、
山梨県立図書館に勤務し、後にその嘱託となるが、しばらくして俳句専業となる。

父、蛇笏の主宰していた「雲母」の編集を昭和22年から石原八束と共に担当し、
父の死後、37年より「雲母」を主宰する。

昭和31年、「現代俳句協会賞」を受賞、56年「芸術院恩賜賞」受賞、
59年「芸術院会員」となる。
しかし、平成4年、突然自らの手で「雲母」を解散し話題を呼ぶ。
それ以後、俳壇との交渉は絶っている。

作風は「百戸の谿」の「序」で「兎に角、自然に魅惑されるということは恐ろしいことだ」と
語っているように、自然と正面する事によって作句する姿勢を守り続けている。

句集に「百戸の谿」「童眸」「麓の人」「忘音」「春の道」「山の木」などがある。


 紺絣春月重く出でしかな
 馬の瞳も零下に碧む峠口
 ふるさとは坂八方に春の嶺
 雪の峯しづかに春ののぼりゆく
 あたらしき墓のあたりも花曇
 元日の戸を開けている山の家
 凧ひとつ浮ぶ小さな村の上
 梅を干す真昼小さな母の音
 落葉の夜歌仙これより恋の部へ

だそうです*^^*

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  • 編集日時:2007/5/23 12:00:04
  • 回答日時:2007/5/23 11:57:41

質問した人からのコメント

  • 感謝詳しいご回答ありがとうございました。龍太は大好きな作家です。もう一句質問がありますがご存知でしたらまたお教えください。
  • コメント日時:2007/5/23 12:12:31

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mosh5050さん

飯田竜太です。

大正9年7月10日、飯田蛇笏の四男として山梨県八代郡境川村小黒坂川村小黒坂に生まれる。
昭和13年、県立甲府中学を卒業。昭和15年國學院大學入学。
この前後から文学に親しむようになる。一年ほどして肺浸潤を病み、休学して帰郷した。俳句はこの頃から始めたという。
一時は好転したが、完治するに至らず手術をする。
戦後、國學院大學を卒業。戦争において兄3人を失った為、飯田家を継ぐことになり、山梨県立図書館に勤務し、後にその嘱託となるが、しばらくして俳句専業となる。
父、蛇笏の主宰していた「雲母」の編集を昭和22年から石原八束と共に担当し、父の死後、37年より「雲母」を主宰する。
昭和31年、「現代俳句協会賞」を受賞、56年「芸術院恩賜賞」受賞、59年「芸術院会員」となる。
しかし、平成4年、突然自らの手で「雲母」を解散し話題を呼ぶ。
それ以後、俳壇との交渉は絶っている。
作風は「百戸の谿」の「序」で「兎に角、自然に魅惑されるということは恐ろしいことだ」と語っているように、自然と正面する事によって作句する姿勢を守り続けている。
句集に「百戸の谿」「童眸」「麓の人」「忘音」「春の道」「山の木」などがある。

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