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1)タケシバオーて知ってます?2)チャイナロックて知ってます?3)マルゼンスキーて知ってます?4)トロットサンダーて知ってます?うわさ話でもいいのですが。
わたしはトロットサンダーは何度か見たことがある記憶があります。地方から転厩してきた馬で、マイルではいつも上がり33秒台で追い込んでくるG1馬でした。
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- 質問日時:
- 2007/10/18 16:31:34
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- 解決日時:
- 2007/11/2 03:33:40
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- 回答数:
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ベストアンサーに選ばれた回答
①タケシバオー (父チャイナロック×母タカツナミ)
1968年クラシック組。アサカオー・マーチスと共に、初めて「3強」と言われた。
皐月賞・日本ダービーは2着に惜敗して、菊花賞はアメリカ遠征の為に不出走で終わり、クラシックは無冠に終わる。
古馬になってから、芝・ダート・距離・斥量・馬場状態に関係無く、様々なレースで勝ってレコードを連発。
特に凄いのは、
・天皇賞春(3200m)と第3回スプリンターズSに該当する英国フェア開催記念(1200m)を勝ち、スピードとスタミナの両方とも
ハイレベルで備えている驚異的なオールラウンダーであることを証明した。
・60kgを背負った東京ダート1700mで驚異的なレコード(1分41秒9)。ダート1700mでこのタイムが破られたのは2006年8月の
阿蘇S(勝ち馬サンライズキング)であり、37年もの間、日本レコードだった。芝だけでなく、ダートも強かった。
(関係者の話では、ダートの方が強かったとのこと。)
・60kg以上の斥量を度々背負って使い詰められながら、引退レースの2回目のアメリカ遠征まで故障無く、体調不振も無く
驚異的なタフネスぶりを示した。
・重馬場でも良馬場でも関係無く、強かった。
種牡馬としては、内国産種牡馬が冬の時代ではあったが、重賞馬をまずまず出しており、またタフに堅実に賞金を稼ぐ馬を
多数輩出して、まずまずの成功を収めた。
②チャイナロック
イギリスの競走馬で、引退後に日本に輸入される。現役時代は大した活躍は出来なかったが、種牡馬として大成功。
獣医学がまだ発達していなかった時代に、あて馬も無しで13年連続50頭以上種付し、生涯で1300頭以上種付して、
「性豪」としてかなり有名。
産駒の特徴は、
・パワーとスタミナに秀でている。
・タフネスで、故障し難い&使い減りし難い。
・斥量を苦にせず、ハンデ戦で過酷なハンデでも勝利する馬が多かった。
代表産駒は、
・タケシバオー
・ハイセイコー(元祖アイドルホース、皐月賞と宝塚記念を制覇)
・アカネテンリュウ(菊花賞制覇)
・メジロタイヨウ(天皇賞秋制覇)
③マルゼンスキー(父ニジンスキー×母シル)
父はイギリス三冠馬であり、種牡馬としても大成功した、歴史に残る名馬。一方のシルも名種牡馬バックパサーとアメリカ牝馬
チャンピオンのクィルであった世界的な超良血馬。シルが受胎した状態で輸入され、日本で生まれた言わゆる持ち込み馬。
脚が外向きで、さらに類稀なスピードを持っていたので、100%に仕上げると故障してしまうと考えられていて、常に80%以下の
仕上がり状態で出走。にも関わらず圧勝続きで、特筆すべきは、
・3歳(現2歳)の朝日杯で、持ったままで大差勝利。この時のタイムは1分34秒4であり、追っていたら1分33秒を切っていたと
言われるほど、現代競馬でも通用すると言われる程の卓越したスピードを持っていた。
・この当時は持ち込み馬も外国産扱いされており、クラシックには出走出来なかった。完調ではない状態で常に圧勝しており、
出ていたら間違いなく勝てていた。主戦騎手が「賞金はいらないし他馬の邪魔をしないから、実力を試す為に大外枠で
日本ダービーに出走させてくれ。」と言ったのはあまりにも有名。その後は有馬記念を目指したが、屈腱炎になりあえなく引退。
もし出走出来ていたら、あのテンポイントとトウショウボーイと走れていたのだが。
種牡馬として、現役生活を上回る大活躍をして、多数のG1馬を輩出。
・ホリスキー(菊花賞)
・サクラチヨノオー(日本ダービー)
・レオダーバン(菊花賞)
・スズカコバン(宝塚記念)
さらにはブルードメアサイヤー(母の父)としても優秀で、
・ウイニングチケット(日本ダービー)
・ライスシャワー(菊花賞、天皇賞春×2)
・メジロブライト(天皇賞春)
・スペシャルウィーク(日本ダービー、天皇賞春、天皇賞秋、JC)
こうして見ると、自身は類稀なスピードが特徴だったにも関わらず、産駒はクラシック~長距離を得意とする馬が多いことが
分ります。
④トロットサンダー (父ダイナコスモス×母ラセーヌワンダ)
血統がかなり平凡で、デビューは地方競馬(南関東)。骨折で1年以上棒に振ったりしながらも、地方9戦8勝で中央に転厩。
1800m以上の重賞で中々好走出来なかったが、マイルCS→安田記念を連勝する。しかし安田記念後の秋に、馬主の
名義貸しが発覚して、脚部不安もあり強制的に引退。結局マイル戦では6戦6勝で、その他では7戦1勝。マイル戦でのみ
圧倒的な強さを示した、生粋のマイラーでした。
引退後、名義貸しや地方競馬出身ということで嫌煙されて、あまり交配する牝馬は集まらなかったが、地方競馬を中心に
まずまずの結果を残す。2004年に事故死したと言われているが、死直前の写真で痩せ細っており、餓死させられたのでは?
とも言われており、生涯に人間の黒い影がちらついている悲運の馬。
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- 編集日時:2007/10/19 13:00:55
- 回答日時:2007/10/19 09:31:45
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ベストアンサー以外の回答
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名前だけは聞いたことがありますが実際にレースをみたことはありません。
知ってるか?と聞かれれば知ってるというんですかね。徳川家康を知ってるか?卑弥呼を知ってるか?などと同等レベルです。
過去の馬です。
私の中ではみんな卑弥呼と同じくらい昔の
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- 回答日時:2007/10/18 21:16:35
タケシバオーについて回答しましょう。
競馬が今のように庶民的娯楽でなかった昭和42年秋、当時の3歳馬(今の2歳)に1頭飛びぬけた新馬が出てきました。3歳時には走るレースでは常に1着であっただけでなく、2位以下を大差で離し森安騎手は直線ではいつも後ろを振り向いて騎乗していました。
そして、明け4歳になるともう2頭のすばらしい馬がでてきました。馬名はマーチスとアサカオーです。この3頭はどのレースに出ても3頭で3着までを独占していました。3頭が強すぎて他の馬は出走すらしてきませんでした。皐月賞のトライアルレースである「スプリングステークス」はわずか6頭という今では考えられない少頭数でした。
以後、いつの時代にも「3強」といわれる秀でた馬たちがいましたが、最初に「3強」と言われたのはこの3頭でした。タケシバオーはその1頭でした。
日本競馬の大衆化に大きな貢献をした名馬でした。サラリーマンが職場で競馬の話をしても周囲が容認するようになったのもこの頃からです。
追伸・・・・チャイナロックはタケシバオーの父親です。
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- 回答日時:2007/10/18 21:12:20
これはどういう質問なんですか?うわさ話??
※あのぉ~~・・・・・・・・奴が中央戦を33秒台で上がってきた事って一度でもありましたっけ?????
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- 回答日時:2007/10/18 20:41:14
どの馬も生でレースを見たことはありませんが、各馬の情報は知っていますが?
ニックネームはそれぞれ、
1) 野武士
2) 性豪
3) 青い瞳のスーパーカー
4) マイルのスペシャリスト
しかし、この質問の意図はいったい・・・
また、この4頭にいったいどんな関連があるのでしょうか・・・
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- 回答日時:2007/10/18 20:15:40
