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韓国王朝が滅亡したわけ

xox_xsx_xhxさん

韓国王朝が滅亡したわけ

最近韓国ドラマが流行、ドラマ「宮」などを見ていて疑問を感じたのですが
1、なぜ韓国王朝はなくなってしまったのか?
2、それはすべて日本のせいなのか?
3、日韓併合をしなければ勧告はどうなっていたかと思うか?
4、終戦後李コンさんはどうして韓国に戻って王朝を続けられなかったのか?
5、それは誰のせいなのか?

質問が多くて申し訳ありませんが教えて下さい。
中国、韓国等いまだに日本を許していないように感じます。

国策とはいえ「近くて遠い国」ではなく「近くて近い国」にいつになったらなれるんでしょうかね?

  • 質問日時:
    2007/12/9 22:54:30
  • 解決日時:
    2007/12/11 08:43:08
  • 閲覧数:
    27,184
    回答数:
    2

ベストアンサーに選ばれた回答

nightdancer6160さん

太平洋戦争後まで、李王朝は続いていた。

廃止したのは、韓国人自身だ。

1910年に李王朝は、日本に韓国併合されても、皇族として扱われていた。

李王垠
高宗と側室・厳妃との間に生まれた庶子・英親王李垠(イ・ウン、生没年1897年-1970年)は1907年純宗即位と同時に韓国最後の皇太子となったが、幼くして日本に連れてこられ、日本で教育を受けた。韓国併合と同時に日本の王公族である李王世子に封じられた。1917年に日本の陸軍士官学校を卒業(第29期)、翌年日本の皇族梨本宮守正王の第一王女である方子女王と結婚した。純宗が没した1926年には李王家を正式に継承している。二人は東京・赤坂の邸宅(現在のグランドプリンスホテル赤坂別館)に暮らした。李垠は日本の軍人として宇都宮連隊長などを経て終戦時には中将にまで昇進した。敗戦後、李垠夫妻は1947年に臣籍降下し、日本国籍も離脱した。しかし、李承晩政権時代には彼らの帰国を許さず、二人がようやく韓国に帰国できたのは朴正煕大統領となった1963年のことだった。


この李王の子孫も日本の横浜で客死した。

補足、この李王の末裔が東京の私立中学校の教頭先生であるが、絶対に韓国には行かないと主張している。

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  • 編集日時:2007/12/10 14:49:10
  • 回答日時:2007/12/10 10:38:15

ベストアンサー以外の回答

(1件中1〜1件)

 

ytadanukiさん

1、なぜ韓国王朝はなくなってしまったのか?
日本に併合され独立国でなくなったのだから現役の王様ではいられませんね。

2、それはすべて日本のせいなのか?
まあそうです。といっても、日本が併合しなければロシアに併合されていたわけで。

3、日韓併合をしなければ勧告はどうなっていたかと思うか?
ロシアに併合されてますね。ロシア領に住んでいた朝鮮民族はスターリンによって中央アジアに強制移住させられていますから、ロシア領になっていれば、いまごろ半島は朝鮮民族の国ではなくなってますね。

4、終戦後李コンさんはどうして韓国に戻って王朝を続けられなかったのか?
5、それは誰のせいなのか?
もちろん李承晩のせいです。彼が大統領でなければ王朝復活の可能性はあったでしょうし、今ほど反日的な韓国にもならなかったでしょう。

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