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筑摩江や芦間に灯すかがり火と ともに消えゆく我が身なりけり
筑摩江や芦間に灯すかがり火と ともに消えゆく我が身なりけり
石田光成の辞世の句だと耳にしております。
で、拙者、韓国人ゆえ拙者には難しゅう御座いますな。
それゆえ読み方と現代語訳を御願い申し候。
宜しゅう御願い奉りまする。。!!
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- 質問日時:
- 2007/12/17 17:22:29
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- 解決日時:
- 2007/12/18 08:48:22
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- 回答数:
- 1
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ベストアンサーに選ばれた回答
筑摩江や 芦間に灯す かがり火と ともに消えゆく 我が身なりけり
(ちくまえや あしまにともす かがりびと ともにきえゆく わがみなりけり)
筑摩江は滋賀県の琵琶湖東北端にある場所の事で処刑される前に、「ああ、あの芦の間に燃えているかがり火がやがて消えていくように、自分の命ももうすぐ潰(つい)えてしまうのだな」という半分のあきらめと半分の覚悟のこもった歌だと思います。
石田三成の最後にまつわるエピソードとしては処刑直前に三成が、のどが渇いたので水を求めたが警備の兵士が「水は無いが柿ならある」と柿を勧めますが三成は「柿は体が冷える」と断りました。兵士は「これから処刑されようというのに体が冷えるなどとそんな事を気にするのか」と笑いますが、三成は「処刑されるといってもぎりぎりまで何が起きるかわからないものだ、何があっても大丈夫なように体に気をつけていなくてはいけないのだ」と返事したそうです。
自分が思うに石田三成と言う人は不器用なまでに生真面目な人だったと思いますね。もう少し他のことに気が回れば関が原で裏切られる前に手が打てた・・と思うのですが
後、石田「光成」では無くて石田「三成」です、念のため・・
- 回答日時:2007/12/17 19:32:32
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