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東武鉄道の歴史についての質問。なんで栃木県足利市を通るのか?
o0l1b6q9さん
東武鉄道の歴史についての質問。なんで栃木県足利市を通るのか?
東武鉄道(東武伊勢崎線)は、最初は東京市本所区から栃木県足利町(現足利市)まで83.7kmの鉄道敷設を
申請したそうですが、なぜ栃木県足利市を選んだのですか?自分が足利出身なんで興味があります。
一番なじみのある電車ですし・・・知っている方、教えて下さい。お願いします。
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- 質問日時:
- 2008/2/5 10:22:38
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- 解決日時:
- 2008/2/8 20:54:36
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ベストアンサーに選ばれた回答
東武鉄道は、東京から日光までを結ぶ鉄道会社として立ち上がりました。
日光は当時から観光名所であり特に(お金持ちの)外人観光客には人気でした。
日光アクセスは、当時の日本鉄道が宇都宮からの路線を敷設予定でしたが
東武鉄道は起点からまっすぐ日光に行くようなルートを画策していました。
ところが、官寄りの日本鉄道以外の敷設免許はなかなか取得できず、
段階を分けて免許申請した経緯があります。
1回目は日光街道沿いに吾妻橋(現在の業平橋駅)から
佐野町(現在の佐野市駅:佐野駅ではない)としたかったのですが、
館林からあからさまに東に向いてしまうためほぼ直線の足利町にした、らしいです。
その後館林から「支線」として佐野町へ延伸、
さらに日光へと画策しましたが、山越えのルートは建設できないことがわかり、
後に杉戸(現在の東武動物公園駅)から日光街道沿いかつ
日本鉄道(現在の宇都宮線)と重複しないルートで日光を目指したそうです。
足利町(現在の足利市駅)からは太田、伊勢崎と順調に延伸されたのはご存知の通りです。
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余談
と言うことで、足利市を経由するルートは太田・伊勢崎に向かうには
大きく迂回する形となっています。
館林からショートカットの意味で小泉線や
高崎線からショートカットする形で熊谷線(一部未成のまま廃止)が
敷設されましたが、
いずれも需要を満たさない=足利からの利用者が多いために役に立っていません。
また、東武線は両毛線との兼ね合いも複雑であり
たいていは日光線の栃木駅や佐野線佐野市駅、伊勢崎線伊勢崎駅のように同一駅を持ちますが
足利駅だけはルートの変更がきかなかったようです。
それは、渡良瀬川越えを2回する必要があり、
これ以上の迂回は無理だったから(これもご存知の通りかと)です。
桐生線にいたってはスルーしてますしね・・・
- 回答日時:2008/2/5 15:47:29
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