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過去にナリタブライアンが高松宮記念に出走しましたが 他の三冠馬(ルドルフ、シン...

heartscry2221さん

過去にナリタブライアンが高松宮記念に出走しましたが
他の三冠馬(ルドルフ、シンザン、ディープ)が五歳時に出走していたらどんな結果になってたでしょう?
気になって眠れません

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takachan_37exceliaさん

シンザン(とセントライト)の時には高松宮杯自体が創設されていませんから、不可能仮定になってしまいます。

ミスターシービーとシンボリルドルフの頃は中京2000mで行なわれていまして、宝塚記念の出走組が良く出てきました。両レースを連覇した馬も少なくありません(ハイセイコー、フジノパーシア、トウショウボーイ、ハギノカムイオーなど)。
ミスターシービー・シンボリルドルフそれぞれの5歳時にはキョウエイレアとメジロモンスニーが勝っています。思えばどちらもかなりの雨馬場で行なわれたレースで、キョウエイレアは断然人気のカツラギエースが雨に泣いているのをしり目に鮮やかに逃げ切り、ミスターシービーの同期の強豪メジロモンスニーは同じく同期の牝馬グローバルダイナをゴール前の強襲で差し切りました(人気もこの世代のウインザーノット辺り)。
出てくる名前がミスターシービーの世代ばかりなのは、こちらの方がシンボリルドルフの世代より全般的に強い馬が多かったせいもありますが。
さて、ミスターシービーは重馬場得意ですが、あの時のキョウエイレアの逃げを捉えるのは苦労したかも知れません。シンボリルドルフは重と左回りは苦手でしたが、メンバー的に何とか勝てたかな。

ディープインパクトの時にはレース名が高松宮記念に変わっての1200m戦。勝ったのがオレハマッテルゼの年ですし、正直能力的に違いすぎて負ける要素が見当たらないのですが、同じように考えられていたナリタブライアンがあっさり負けていますし(今にして思えば全盛期の力はなくなっていたんでしょうけど)、慣れない短距離戦でペースを掴む前にレースが終わって取りこぼし、という可能性もなくはなかったかも知れません。

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arabinisutoさん

他の方も指摘のとおりシンザン、シービー、ルドルフの時代には高松宮記念1200m
は番組としてありませんでした。しかしあったと仮定して私なりの回答を致します。
一番勝てる可能性が高かったと思われる三冠馬は以外と思われるでしょうが
「シンザン」です。当時は距離別の整備が進んでおらず、あらゆる馬があらゆる
レースに出走していました。又、短距離血統といった概念もあまりありませんでした。
主な例としてタケシバオーを挙げます。(天皇賞3200mを勝って、現スプリンターズS
1200mをレコード勝ちしています)
シンザンの気性を考えても追走も無理なく可能と考えられ勝てた可能性は高いでしょう。

次にシービー、ルドルフですがこちらは無理と考えるのが妥当でしょう。特にシービー
は大敗だったと思います。最大の理由は上記両馬が活躍していた時代には
ニホンピロウイナー、ハッピープログレスといった歴史にのこる短距離馬がいました。
当時1200mの宮記念があれば当然出走していたと考えられ、勝てる見込みは
数%も無かったと思います。ルドルフであれば掲示板くらいは可能か?とも思います
が、シービーはただ回ってくるだけで終わると思います。

最後にディープですがこちらも短距離路線が整備された現代では不可能です。
ブライアンとよく似た結果になったと思います。まずスタートから追走が出来ません。
直線で追い込むにも距離が足らないです。こちらも良くて掲示板くらいか?

これが一般的な回答では無いかと思いますがいかがでしょう?

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