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カラヤンがクラシックを殺した。 上記タイトルの新書新刊を本日購入しましたが、4...
カラヤンがクラシックを殺した。
上記タイトルの新書新刊を本日購入しましたが、40ページ程読み進めて閉じました。カラヤンに心酔している私にはあまりに辛い内容です。
勿論、これから全て目を通し、私の音楽人生の糧にしたいのですが‥
そこで皆様のお考えになる
①カラヤンの素晴らしさとは?音楽家、指揮者カラヤンが現代に遺したものとは何でしょうか?
②カラヤンの「罪」といわざるをえない事柄はありますでしょうか?カラヤンはクラシック音楽を退廃させたと思われますでしょうか?
③今一度、指揮者ヘルベルト・フォン・カラヤンなら是非聴いてもらいたいとこれからカラヤンに興味を持つ可能性のある方に薦める曲がありましたらお教え下さい。
以上、長くなりましたが皆様からの回答をお待ちしております。
bleach13。
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- 質問日時:
- 2008/11/30 20:49:14
- ケータイからの投稿
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- 解決日時:
- 2008/12/1 18:09:26
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ベストアンサーに選ばれた回答
一世代前の(日本の)クラシックファンのは間では、カラヤンを否定するか肯定するかが「踏み絵」のようになっており、「カラヤンを好きだ」というと、というとクラシックファンの仲間には入れてもらえないような風潮さえありましたから、わたしには「今さら何を…」くらいの印象しか感じないですね。辛いといわれる方には恐縮ですが、かつて芥川賞作家の五味康祐などは、「人間、こうも駄目になるものかと、私はカラヤンのために泣いた」などという名言?を残していますしね。評論家の大木正興からは「厚化粧の化物」呼ばわりされたりしていました。閑話休題点…。
①若い頃の、「ドイツのトスカニーニ」とか「トスカラヤン」と呼ばれた頃の元気のよさでしょうか。現代に残したものは膨大な録音とそれらを聴くために家庭用オーディオを普及させたことのほか、指揮者コンクールというようなものを若手の登竜門として定着させたことなどがあげられます。
②もちろん、ナチに加担したこと(正式に党員として活動したこと)は責められるべきです。クラシックを退廃させたというより、大衆化させた結果、間接的にそうなってしまったということでしょう。
③ヴィヴァルディ「四季」(EMI)、ベートーヴェン7(DECCA)、ブルックナー8(EMI)、ブラームス4(EMI)、チャイコフスキーPC1(Withリヒテル・DG)、マーラー9(旧盤DG)等など…。
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- 回答日時:2008/12/1 09:23:05
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ベストアンサー以外の回答
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①カラヤンの素晴らしさとは?音楽家、指揮者カラヤンが現代に遺したものとは何でしょうか?
カラヤンは商業主義に迎合したという批判があるようですが、クラシック音楽をだれでも聴こうと思ったら聴けるようにした、大衆化したってことですね。もちろん優れた指揮者ですから、優れた演奏をだれよりも多く残したことでしょう。
②カラヤンの「罪」といわざるをえない事柄はありますでしょうか?カラヤンはクラシック音楽を退廃させたと思われますでしょうか?
これは、①に書いたとおりコマーシャリズムの裏返しです。いいところの裏返しは罪というほどのものではありませんが、カラヤンがやらなくても、資本の論理で誰か別の人を見つけてやってたことでしょう。カラヤン以外の指揮者が仮にやったとしても一人ではなく3人以上は必要だったと推測します。
③今一度、指揮者ヘルベルト・フォン・カラヤンなら是非聴いてもらいたいとこれからカラヤンに興味を持つ可能性のある方に薦める曲がありましたらお教え下さい。
誰もが録音を買って出ないような、小品までほとんどくまなく録音したということでしょうね。録音していない曲を探すのが難しいぐらいだと思います。それも演奏水準は総じてハイレベルに維持されています。
なので、逆にお薦めできないものを挙げたほうが早いくらいだと思います。
以下すべて私の好み(偏見?)ですが、
マーラーとモーツァルトはお薦めしません。
晩年のベートーヴェンやチャイコフスキーの4・5番、新世界など、録音メディア変わるたびに再録音したものは総じていけません。
ただし、悲愴とブラームスだけはどの録音もいいと思います。
オペラ関係も「ドン・ジョヴァンニ」を除くモーツァルトもお薦めしません。ワーグナーのリングも好きではありません。ワーグナーは勇壮な響きがなければいけません。去勢されたような、なよっととした柳腰の演奏はいただけません。
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- 編集日時:2008/12/1 00:33:09
- 回答日時:2008/12/1 00:25:42
①遺したもの・・・ベルリン・フィルのゆるぎない名声。
②については、ナチ党員であったとか、ウィーン国立歌劇場の監督時代、自ら興したザルツブルク復活祭音楽祭で多額の助成金をオーストリア政府の国庫(税金)から湯水のように使っていたとか、すべて日本人がとやかく言ったり、断罪すべき筋合いの話ではないと考えています。
むしろカラヤンの絶頂期であった60~70年代に、フルトヴェングラーやワルター、ベームなどを是として、現地に一度も足を運ばずに、ゴシップネタを拡大解釈してカラヤンを商業主義の権化として喧伝した評論家連中をこそ総括すべきだと思っています。
http://www.amazon.co.jp/review/product/4334034837/ref=dp_top_cm_cr_...
カスタマーレビュウにあるように、評論家の言はいまだにリスナーを縛り、10年間もカラヤンのディスクから遠ざけていたほど罪深いもので、「罪」は評論家に在りと言いたい。
③DVDに遺されたオペラの数々。
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- 回答日時:2008/11/30 23:17:03
音楽は確かにもともと貴族が楽しむものであったり、宗教的な側面を持ち合わせるものではありましたが、ロマン派に時代が移るにつれて大衆文化へと発展しました。
カラヤンの罪とはおそらく「音楽に精神性がない。コマーシャリズムに毒されている。クラシック音楽を大衆に幅広く開放してその荘厳さを貶めた」というものでしょう。
それはそれで一つの側面としてとらえることもできますが、歴史的な流れの通り、音楽は大衆へと開かれたのです。ですのでカラヤンの行為は別に罪というわけではありません。むしろ必然的なことのように思えます。
完璧主義者であったカラヤンは非常に流麗で「これが音楽のハイレベルスタンダードというものだ」というものを示してくれているかのようです。
カラヤンの演奏は特に管弦楽曲が素晴らしいと思います。なので、交響曲や協奏曲などからいろいろ聞かれるのが良いでしょう。
たとえば70年代に録音されたチャイコフスキーの悲愴交響曲など。
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- 回答日時:2008/11/30 23:04:34


質問した人からのコメント
皆様のご意見それぞれに何か共通するものを見た気がしております。
BAはクラシックカテゴリの重鎮?eight8thman様とさせていただきます。
ありがとうございました。