解決済みの質問

バレンタインデーを誰が作った・どうしてできたかを教えて下さい。
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allnightnippon2007masamifanさん
バレンタインデーの歴史は、ローマ帝国の時代にさかのぼります。
当時、ローマでは、2月14日は女神ユノの祝日だったそうです。
ユノはすべての神の女王であり、家庭と結婚の神でもありました。
翌2月15日は、豊年を祈願する(清めの祭りでもある)ルペルカリア祭の始まる日で、
当時若い男たちと娘たちは生活が別だったんです。
祭りの前日、娘たちは紙に名前を書いた札を桶の中に入れることになっていました。
翌日、男たちは桶から札を1枚ひいた。
ひいた男と札の名の娘は、祭りの間パートナーとして一緒にいることと定められていmした。
そして多くのパートナーたちはそのまま恋に落ち、そして結婚した。
ローマ帝国皇帝クラウディウス2世は、愛する人を故郷に残した兵士がいると士気が下がるという理由で、
ローマでの兵士の婚姻を禁止したといわれている。
キリスト教司祭だったウァレンティヌス(バレンタイン)は秘密に兵士を結婚させたが、捕らえられ、処刑されたとされる。
処刑の日は、ユノの祭日であり、ルペルカリア祭の前日である2月14日があえて選ばれた。
ウァレンティヌスはルペルカリア祭に捧げる生贄とされたという。
このためキリスト教徒にとっても、この日は祭日となり、恋人たちの日となったというのが一般論。
女性が、チョコレートを贈る習慣は日本で始まったもので欧米でもチョコレートを贈ることはあり、単に贈り物がお菓子に限定されていないだけなんだそうです。
女性から男性へ贈るのみで反対に男性から贈ることは珍しいという点と、贈る物が多くはチョコレートに限定されているという点は、日本のバレンタインデーの大きな特徴で、最近ではチョコレートにこだわらず、クッキーやケーキなどを贈る人もいます。
日本でのバレンタインデーとチョコレートとの歴史は、神戸モロゾフ洋菓子店が1936年2月12日に、国内英字雑誌に「バレンタインチョコレート」の広告を出し、1958年2月に伊勢丹新宿本店でメリーチョコレートカムパニーが「バレンタインセール」というキャンペーンを行ったころからです。
ただどちらにしても、あまり売れなかったようで、新宿伊勢丹でのセールでは、1年目は3日間で50円の板チョコが3枚、20円のカードを含め170円しか売れませんでした。
ソニー創業者の盛田昭夫は、1968年に自社の関連輸入雑貨専門店がチョコレートを贈ることを流行させようと試みたことをもって「日本のバレンタインデーはうちが作った」としています。
その後も似たような状況が続いていたんですが、1960年に森永製菓が新聞キャンペーンを行なうなど製菓会社が積極的に動き出した結果、日本の文化として根付くようになり、現在に至っているそうです。
・日本ではチョコをプレゼントするという習慣があるが、何でか。
【答え】皇帝陛下の菓子職人だった
バレンタイン・モロゾフさんがロシア革命で神戸に亡命し
洋菓子店開業して、昭和初期に広告したのが
日本での始まり。
ちなみに、ホワイトデーに関しては、日本起源の国際標準です。
バレンタインデーが定着するに従って、お返しをしようという風潮が生まれました。
これを受けた菓子業界では昭和50年代に入ってから、
個々に独自の日を定めて、クッキーやマシュマロ、キャンデー等を
「お返しの贈り物」として宣伝販売するようになったそうです。
1978年、全飴協(全国飴菓子工業協同組合)の全国総会で「キャンデーを贈る日」として制定され、
1980年に第1回の全国規模のホワイトデーが開催されました。
飴の材料である砂糖が白色だったため「白=ホワイト」から「ホワイトデー」と命名されたんだそうです。
※カトリックの聖伝では
269年2月14日、兵士の自由結婚禁止政策に背いて結婚しようとした男女を救うために
聖バレンタインは殉教した。
ホワイトデーを3月14日に定めた理由は、
1か月後の3月14日、その2人が、改めて永遠の愛を誓い合ったと言われていることに由来する、
と全飴協は説明している。

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