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「鳴く蝉の、声も涼しき夕暮れに、あきにかけたる、もりのしたつゆ」の意味を教え...

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質問者

kebebe1111さん

2009/5/2315:47:18

「鳴く蝉の、声も涼しき夕暮れに、あきにかけたる、もりのしたつゆ」の意味を教えて下さい。戦国時代の武将が詠んだものです。

補足うちにこの和歌が書かれた短冊があります。鑑定書もいただいているのですが、戦国時代の武将が新古今和歌集の和歌を短冊にしたためる、ということがあるのでしょうか?紙も戦国時代のものに間違いないと言われているのですが。

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ベストアンサーに選ばれた回答

編集あり2009/5/2400:35:52

二条院讃岐(にじょういんのさぬき)
平安時代を代表する家人のお一人、この作品は新古今和歌集の詩ですね。彼女は源頼政の娘で藤原重頼に嫁ぎ、朝廷にも出仕していた才女ですね。
季節の変化を読んだ詩が多いですが、解釈なども素直に読み下すのがいいかと思います。


なく蝉の声もすずしき夕暮に秋をかけたる森の下露

蝉の鳴き声も涼しく感じられる夕暮、木々の繁みの下葉には秋を思わせる露が置いている



補足
肯定的に捕らえればあるとおもいます。
明智光秀も織田信長を打つ前に残した連句会の和歌などが残っておりますし、戦国の世でも豊臣秀吉がほぼ政権を固めた頃は”和歌”なども秀吉みずから作っております。秀吉は醍醐の花見や大茶会が有名ですが、細川藤考(細川幽斎)などの指導もあり句会などの和歌を催す会を開いてもいます。

ですから、今で言う後援会の会長とかにせがまれて政治家などが良くやるように。揮毫を所望されるように茶会などの席でそういった和歌の一節を短冊にしたためて渡したといったことはあります。
また、そういった和歌の一部は残っておりますので、そういった古典に造詣が深い方であったのならば十分以上にあります。


否定的に考えるとすれば
否定する材料は紙の質を鑑定するしかないと思います。

テレビのなんでも鑑定団でも、源義経の書が出されたときに。
義経の真筆が残されていないために、真贋がわかるはずがないとコッソリ依頼人が漏らしておりましたが、紙の質が時代に合わないから江戸時代中期の贋作だろうということになりました。

戦国時代でも武将にも拠りますが生前の筆跡が残っておられない方も多く。
信長などは自筆も多くありますが右筆が代筆していたので署名だけ本人とかもありますし、戦国時代ならば、ほぼ紙は三椏で作られた和紙になると思われますので、紙の質さえ戦国時代まで遡ることができるのであれば真筆である可能性も高いと思われます。
ただ紙が戦国時代でも、江戸時代中期にそういった骨董品がもてはやされた時期がありましたので、そのころに作られた贋作ということもあります。
また、その武将のものであるかどうかは、ひょっとして間違って伝わっているかもです。



鑑定していただいているともことなので、武将の出自などもそのあたりも詳しくわかれば、また貴重な歴史的資料になるかもしれませんね。
でも、いいですね。なんだかロマン溢れる話でいいな。わくわくしてきましたよ(*・∀・)b

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