解決済みの質問

エホバの証人の考え方について。
過去の見解が間違っていた時、エホバの証人は、預言...
ruua_anekさん
エホバの証人の考え方について。
過去の見解が間違っていた時、エホバの証人は、預言の言葉は徐々に明らかにされていくものだと語りますが………
なぜ、全てがわかるまえに、そのように考えられるかもしれないと発表しちゃうのでしょうか??
はっきりとわからないなら、わかるまで待つのが道理ではないでしょうか。
わからないのに、雑誌に出しちゃうから、ちがった時に、まだハッキリとされてなかったんです…って言わなきゃならなくなるんですよ。 多分そうだろう…で行動したり言ってないで、わからないことは一切語るな!って思いませんか?
子供には、わからない時は勝手な行動しないの!って怒った事はありませんか?
上の本部が、同じように行動してても不思議に思わないなら洗脳としかいいようがないですね…。
- 補足
- 皆様の回答に感謝します…ダニエルは自分で語ったが理解する事ができなかったと、きちんと述べているので、わからないならそのように、ハッキリと述べてもらいたいです。神の霊によって、将来自分が天に行くかどうかを不完全な人間が100%わかると言ってるぐらいなら、それよりも劣る他の予言も当たるはずなんじゃないかなと。それで、はずれた時、不完全な組織ですから、徐々に明らかにと言われても…んっ?ってなります
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ベストアンサーに選ばれた回答
bun6226さん
↑質問がエホバの証人の考え方についての質問ですので。
この組織を見ているとこんな聖句を思い出します。
「話すようにとわたしが命じたのではない言葉をあえてわたしの名において話し,あるいは他の神々の名において話す預言者,その預言者は死ななければならない。そして,あなたが心の中で,『エホバが話されたのではない言葉をどのようにして知るのか』と言う場合であるが,もし預言者がエホバの名において話しても,その言葉が実現せず,そのとおりにならなければ,それはエホバが話されなかった言葉である。その預言者はせん越にそれを話したのである。あなたはその者に恐れ驚いてはならない。」(申命記18:20~22)
聖書がどう言っているか?書いているではありませんか。聖書が神の霊感を100%受けたものだと解釈していると言っておられる証人さんたちならきっと最後にこの組織がどうなるか予測できますよね。
質問者様の補足、すごく納得できる・・。
質問者様が一度補足したら、追加は確かできなかったと思うので、僭越ながら・・
>100パーセントわかるってどの書籍に?
の件ですが、5%でも天に行く事を本人が疑っていたら表彰物にあずからないのでは?自分はどういう者かわきまえている人があずかるのでしょう。つまり少なくとも本人は天へ行く事を確信しているのではないですか。(ものみの塔90年 2月15日号 19ページ)そういう意味で質問者様は100%わかると書かれたのではないでしょうか。
ああ、また質問と関係ない事書いてしまった・・
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ベストアンサー以外の回答
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faile22170さん
皆さんエホバの証人を気にしすぎ。
エホバの証人以上にいつ来るかとか、解釈に神経質になりすぎ。
エホバを待ちましょう。
forbidden_drinkさん
洗脳とは言わないが
ようは「間違ってるかもしれないから皆ほどほどにね」とか
「外れちゃった、ごめんなさい」というような意見がほしいんだな
そうしたら、宗教団体としては結束力を失ってしまう
彼らは占い師よりも預言者、正しさよりも正当性を求めているのだから
あまり控え目に予言をしたり
また、何も世間に対して公言しないと
信仰者たちは「白けてしまう」わけだ
元なんたら教信者、という人間の話を現実によく聞くが
「臭み」が見えた時点でやっぱ抜けたくなるらしいな
abdllahsleimanさん
いや、分からないことでも、語っても構わないんですよ。
ただ、大前提として、語る人の責任において語り、誤っていたら、きちんと責任をとることです。
ものみの塔幹部が問題なのは、(個々のエホバの証人の事を言っているのではありません)、エホバの名のもと、神の組織の名のもとに語り、間違った場合でも、責任を取らないで、時の流れとともに、こっそりと教義を変えているからです。
ここに最大の欺瞞があります。
例えば、ハルマゲドンの時が1914年、1918年、1925年、1942年、1975年と変更され、いずれも外れています。 輸血の問題にしても同じです。 1960年代は、血液製剤も、臓器移植も禁止されていました。 徐々に光に照らされてなんてのは、欺瞞に欺瞞を重ねることでしかないです。
外れたことについて、あるいはミスリードしたことについて、幹部は責任を取りましたか?
この終末を信じて、人生を棒にふった多くの罪のないエホバの証人の方に対して、経済的な保障とまでいかなくとも、きちんと誠意をつくして謝りましたか? 適切な医療を受けられず、命を落とした何も知らされていないエホバの証人の遺族にちゃんと保障しましたか、謝りましたか?
多くの人を指導する立場にある方が、その発言について重い責任を負うのは、人間として当たり前の最低限度の常識です。
エホバの名の下に、神の組織の名の下に、ミスリードして、結果について責任を取らず、「お互い欠点のある人間だから・・・」というのは、言い訳もはなはだしい。 それだったら、初めから、人間の名前によって、人間の組織として預言したり、指導したりすれば、いいんです。
私の個人的経験から言っても、一般社会のどんな組織でも、先の事を断定的に発言する場合、自己責任において、覚悟を持った上で発言し、結果についてちゃんと責任を取る。 これが常識です。責任を取らなければ、2度とその世界では相手にされません。
そのための情報開示制度も、ますます厳しくなってきていますよ。
srph320さん
こういうものを洗脳と言うのならば、なにもエホバの証人の世界に限らず、どんな世界にも洗脳はありふれた日常のような気がしますけど。
例えば、進化論などはその最たる例で、世間一般的には常識として認められている「事実」とされていますが、実際は出尽くした感のある化石からは何も、ある種からある種への進化過程にある化石が見つかっていない状態なのに、大半の科学者が創造論を否定するのは、ある種の科学からの洗脳と呼べるものだと思います。
キリスト教にしたってそう、クリスマスはもはやキリストの生誕の日ではないとカトリックの上の人は認めているにもかかわらず、何の日でもないのに祝っているのは、「洗脳」と呼べる代物じゃないですか?
そういう科学の予測、主流宗教の間違いからすれば、エホバの証人の提出する過去の見解というものは、真実をあくまでも見極めようとする態度からすれば、かわいいものだと思いますけど。言わんとする本質(教え)がブレているなら、話は別ですが。
>神の霊によって、将来自分が天に行くかどうかを不完全な人間が100%わかると言ってる
これはちょっと違いますね。100%とは言ってませんよ。実際、後で違うと気付く人もいて、表象物にあずからなくなる人もいますから。
1914年、1918年、1925年、1942年、1975年は確かにそうですね。1975年くらいになってくると、「かもしれない」であって、断定してはいません。それを信者側が信じないのは信仰がないのと同じだというような空気を出して、いろいろと内側で物議をかもしたことはあります(特に日本。全体主義の弱点の最たる例)。が、基本的な教えは変わっていない。これは私見ですが、協会側ももうおそらく年を断定することはないと思います。「そりゃ、そんなに外していたらね」と思うでしょうが、じゃあそれが当たっていたらどうなんでしょうか?「あー、やっぱ信者になっておけばよかったな」ということになりますか?普通はならないでしょう。
信仰の問題ってそんなに簡単じゃないんですよ。主眼点はそこじゃない。取っ掛かりはそこなのかもしれないですけど、他の回答でも繰り返していますが、問題は神はどんな方であるか、神の意志は何であるか、聖書はどう言っているか、聖書は信頼できるのか、であって神の導きがあるなら、組織も完璧なんだろ?っていうのは違うと思います。
それなら、神の導きを受けている組織である、と謳歌するのはどうか?という問題になると思いますが、
視野を広げていただきたい。公式HPを383の言語で見られる宗教組織がどこにありますか?
キリスト教が答えられない問題を聖書から紐解いている組織はどこですか?
ダニエルの時代から今まで、何年経ったでしょうか。もし神がおられるなら、ダニエルの預言も時の経過とともに紐解かれるはずではないですか?それを紐解いている組織はどこでしょうか?神がおられないとするならば、ダニエルの預言も何の意味もありません。
ダニエル、イザヤ、エゼキエル。これらの預言の意味を納得させてくれる組織はエホバの証人だけだと思います。
エホバの証人に何を言っても無駄。それもそのはず。質問者様がエホバの証人をどうしたいのか、批判したいのか、目を覚まして辞めさせたいのか。それであれば、無駄ですよね。こういう会話も平行線のままだと思います。こちら側としては、聖書の神がどういう方かしっていただきたいと思っているので。
反対者、背教者はみなエホバの証人について、特に組織についてヤイヤイ言いますが、神についてはどうでもいいみたいですね。本当はそこが一番大事なのに。繰り返しかもしれませんが、聖書の神がどんな神なのか、神の意志は何なのか、聖書ではどういっているかが大事なのに。悲しい限りです。
-
ad383cllさん
>わからないことは一切語るな!って思いませんか?・・・証人に良くも悪くも関心を持つ方の中にそういう思いを持つ人がいてもおかしくないと思いますが、各自聖書を読むことがすすめられ、聖書に書かれている事が確かな場合、たとえ外れても自分が聖書と神に信仰をおく限りは様子を、その後の経過を見ようと思いますよ。不思議に思わないというより、冷静というか許すに近いですね。その変更による自分の反応は本当にエホバに感謝してるのか、信仰の深さはどうなのかと自問(自分に質問すること)できるという益もあります。
>確かにある人からみて言葉足らずな面はあるのかもしれません。責任論も理解できます。しかし、発表されたあらゆる時代、預言に関係する現実出来事全体をエホバ以外完全に知り得ることなどだれができるでしょうか?現実と預言を照らし合わせてこれ以上考慮しようがないという時点で発表されるのでしょう。つまり最善は尽くしていた。それが、将来である今日、過去をみると何回かそうでなかったという結果が残った。その結果がないほうがいいのは確かですが、統治体の兄弟はすでに批判される、離れた人がいる、そしておそらく良心の呵責という報いがあります。ダビデも重大な罪をおかしました。それについて彼の人生には苦難がありましたが、エホバは完全にダビデを捨て去りはしませんでした。
ハルマゲドンについても悪が無くなるときは喜びの時であるはずです。最新の進化論も(となえる学者は誰でもいいですから、そういうものがあるなら)創造以上の説明ができて、現実生命をつくりだすことができるのでしょうか。
no_soy_de_este_mundoさん
間違っているだろうと感じるなら言わないんですよ。
その時に得ている情報、正しい情報も間違っている情報もある、
その情報に基づいて確信をもって発表しているんですよ。
いまエホバの証人が得ている聖書の知識を、
あなたは持っていますか。聖書全体を反論の余地なく解明できますか。
そうであれば、あなたの目には、エホバの証人は愚かに見えることでしょう。
しかし、確信を込めて言いますが、そんなはずはありません。
エホバの証人は常に聖書を正確に知ろうと努力しています。
そのようにして僅かな新たな知識が積もると、
かつて確信を込めて発表した事柄を訂正せざるを得なくなるんです。
『間違っているけど、恥をかくことになるので黙っていよう』とは思わないのです。
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こういうのはどう思いますか。
かつてカトリック教会はガリレオを異端者として告発した。
告発は取り下げたが、地動説は二度と提唱しないようにとガリレオに命じた。
要するに、カトリック教会は確信をもって、科学上の事実に抵抗した。
17世紀初めのこと、およそ400年前のことである。
そのカトリック教会が、ガリレオの件について公式に謝りを認めたのは近年のことである。
400年近くも経ってからのことである。
誤りは確かに認めたわけだが、400年は長すぎた。
名誉の回復がなされたとはとても思えない。ただ愚かさが目立つだけではないだろうか。
プロテスタントと呼ばれる他の諸教会も同じことである。
流血に深く関わって血の罪を負いながら平和を説いている。
その意味ではいまだに誤りを認めることさえできていない。
------
それで、見解が変わらない、あるいはめったに変わらない諸教会は、
世俗的な事柄には活発でも、神に対して不活発なのです。
見解が変わってきたと非難されているエホバの証人は、
世俗的な事柄には活発とは言えないが、
神に近づこうとする意欲が目だって活発なのです。
utlightさん
>>わからないことは一切語るな!って思いませんか?
思いません。
じゃ、科学雑誌は?教科書は?医学書は?報道は?天気予報は?
地球温暖化は?量子論は?相対性理論は?病理学は?警報は?
週刊誌は?新書は?心理学は?知恵袋は?
って突っ込みたくなるような質問ですね。
はっきりわかってからでは遅い情報というものもあります。
特に警告の意味合いを持つものなら、
いざという時のための準備もできなくなります。
たとえば地震が起ってから、
何日の何時何分に地震が起こると実は予想されていました
って知らさせても何か意味あるんでしょうか。
誤った見解は後に訂正すれば良いと思います。
実際、科学雑誌も教科書も医学書も報道もそうしていると思います。
でもご質問者様ご自身が、
わからないことは一切語らないというポリシーをお持ちなのでしたら、
別に止めませんので、どうぞご自由にそうなさってください。
★わざわざご返信いただき恐れ入ります。
>>私は、わからない事は語るな!って失敗を毎日する不完全な人間に言っているのではありません。
>>全能の神からの霊を100%注がれ、お持ちの人なら語る時を知っているはずだし
>>間違える事はないのではないのかと言っているだけですよ。
ご質問文の中でそのように受け取れる文章を見つけられませんでした。
それどころか・・・
「わからないこと」とか「”考えられるかもしれない”と発表する」
とご自分で書かれているではありませんか。
エホバの証人は不完全な人間ですよ。
冊子でも書籍でもウェブサイトでもそう言ってます。
http://www.watchtower.org/j/jt/index.htm
知恵袋でも何度かそのように回答されているはずですよ。
しかし、聖書は100%神の霊感を受けたものであると解釈しています。
あなたは不完全な人間におっしゃっているのではないとのことですから、
エホバの証人にもそのように言うことはできませんね。
要するにあなたが曲解されているのです。
それよりも、あなたこそまずエホバの証人に関する正しい知識を得てから、
ご自分の主張を書かれるのが道理ではないでしょうか。
補足への回答です★
その・・・100%わかると言っていると書かれておられますが、
それはどの書籍・冊子に書かれてあります?
少し書籍などを探してみましたが、まだ見つかっていません。
お手数ですが、何と言う書籍・冊子に書かれてあったかを、
教えていただけないでしょうか。
-
chirichiriwatchさん
>わからないことは一切語るな!って思いませんか?
まさにその通りだと思います。あとで色々言い訳してくるから余計に信じられなくなる。ちなみに彼らの予言は一切当たっていませんよ。過去に起こった出来事は後から聖書にあてはめて予言したとか思っているけれど。そんなのはちょっとオカルトに興味がある人はできることで、奇跡でも組織の力でもなんでもありません。
utlightさんへ
すみません、横から。
>科学雑誌は?教科書は?医学書は?報道は?天気予報は?地球温暖化は?量子論は?相対性理論は?病理学は?警報は?週刊誌は?新書は?心理学は?知恵袋は?
わからないことを語るな、ということについてですが、科学雑誌など、多くの書物は、わからないことはわからないと明言したうえで記事が載ることが多いです。もちろんすべてではありません。しかし「信頼される」書物は、ここまでは証明できているんだけどここから先はまだ分かっていません、とか、こういう仮説が成り立ちます、など、あくまでも今の時点で言えることを言っています。もしそういう書き方をしない書物は信頼性は低いと思われます。
もちろん科学の力で当時は100%確実と言われても、その後に間違いが見つかることもあります。しかしなぜ間違っていたのかとういう理由がその学問関係者によってわかりやすく公表されることが多いです。
で、エホバの証人の組織はというと、いついつハルマゲドンが来ます!ってはっきりと予言します。来るかも?来ないかも?ということではありません。(現在ではハルマゲドンの時期について解釈する・しない自体について以前とは違ってきているようですが。)
そしてそれが当たっていなかったときに「大体の予測をつけただけです!」っていう発言が出てくるから、あれ~?っていう印象を与えてしまうんだと思います。なぜ間違えたのかという外部に向けた説明もありません。なぜ間違えたのか理由も一般人に分かるように公表しないなら、その発言は無責任ということになります。
だからエホバの証人に限ったことではないのですが、間違えること自体は仕方がないとしても、いつのまにか正しいと思われる方向に気づかれずに変えていくのではなく、間違えた理由とかを説明した方がいいと思いますし、もしそれができないなら初めから適当な発言は避けた方がいいのでは、と思います。
>何日の何時何分に地震が起こると実は予想されていましたって知らさせても何か意味あるんでしょうか。
エホバの証人では過去のことについては聖書を当てはめて「聖書の予言は当たってる!」ということもあります。
過去のことにそれだけ自信を持って遅い予言ができるなら将来のことも同じような自信で外れない予言をしたら?と思います。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
プロテスタントをひとまとめにして、すべてのプロテスタント教会が流血しているかのように書くのは?と思いますが。
頭のおかしい教派は存在しますが、すごくすごくごく一部です。頭がおかしいから目立つということはあります。
エホバの証人は輸血拒否という命の罪にもかかわっているがその罪を認めていないと言われてしまえばそれは聖書に書かれてあるから罪ではないと言っているのと同じでしょうか。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
abdllahsleimanさん
>神の組織の名の下に、ミスリードして、結果について責任を取らず、「お互い欠点のある人間だから・・・」というのは、言い訳もはなはだしい。 それだったら、初めから、人間の名前によって、人間の組織として預言したり、指導したりすれば、いいんです。
その通りだと思います。
-
monomino38さん
つまらなく、長いので、読む気がなければ飛ばしてください。
ある山道の斜面で
小さな地滑りがおきましたが、
何事もなく無事でした。
地主さんは、
『大したことはない。でも何かあっても困るから…』
と、斜面の崩れた部分をコンクリートで固めてネットで覆い、
道路際には頑強な
フェンスを設け、
土石の流出を防ぐ
手段を講じました。
何年も過ぎ、
コンクリートのあちこちに小さなヒビが入って、
小さなかけらも
まに落ちてきましたが、
地震があってもビクともしないので
そのままにしていました。
さて、道路管理者はと言うと、
『将来的にいつ崩れてもおかしくない。
何かが起こる前に、何らかの対策を講じなければならない。』
と感じ、
その場所やその手前
や山の入口に
『落石や土砂崩れに注意!』
という大きな標識を掲げて通行者に注意を促しました。
多くの人や車が利用する土日祭日は、
パトロール車を1日中出動させて
非常時に備えていました。
そのようにして、
また数年何ごともなく過ぎました。
ある日、
利用者がフェンスのそばに車を止めて、
記念撮影をしていたのを見て
『危険なので、ここ
に近寄らないで』
と注意をしたところ
『もうずっと何も起きてないから安全だ。せっかく来たのだから好きにさせてくれ』
と強く言うので、
まあ今日は大丈夫かな、と思い、
『なるべく早く移動して』
と言って先に進んだ。
さてパトロール車が折り返してくると、
何と、上部のコンクリートが崩れ、
その下の直径5mもある大岩が、
ネットとフェンスを突き破り、
駐車していた車を直撃し大破、
乗っていた人達は
全員助からなかった。
パトロールの人は、
『もっと強く言って
すぐに移動させれば良かった』
と悔やみました。
つまらない長文、
失礼しました。
しかし、全てがわかってからでは遅い、
とは思いませんでしょうか?
質問をみる
kx3さん
元信者です。
彼らは、バプテスマ(一般の洗礼)をうけた後は、組織の教えに疑問を持ってはいけないのです。
疑問を持って変な事を聞くと排斥になります。
ですので、その時点で間違った解釈であろうと、発表されちゃったら言う事を聞かないといけないのです。
私は、研究司会者(聖書の勉強を見てくれる人の事)に「早く受けろ、早く受けろ」と言われ高校生の時にバプテスマを受けましたが、受けた後に「受けたら絶対に教えに疑問を持っちゃダメなんだよ」といわれ、複雑な心境になったのを今でも覚えています。
当然大人になって辞めることになりましたが、信者の皆さんは自ら進んで言う事を聞いているので、「洗脳」というより「マインドコントロール」と言うべきかもしれませんね。
余談ですが、以前に「マインドコントロールされている」と書いて信者の方に「馬鹿じゃないの?おれたちは頭がおかしい訳じゃない!自分の意思で信仰してるんだ。」みたいに言われた事がありますが、「マインドコントロール」=「頭がおかしい」とかでありません。「自ら進んでそう行動するように仕向ける行為」なのだそうです。
だから、別に多くの人がこの言葉を使いますが、別に彼らを馬鹿にする意味で使っているわけではありません。ですから「マインドコントロール」に関する反論はおやめください。
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ものみの搭09年6/