解決済みの質問
哲学はどこへ向かうのか。弁証法、観念論、実存主義、構造主義、構造構成主義・・...
哲学はどこへ向かうのか。弁証法、観念論、実存主義、構造主義、構造構成主義・・・・。「動物の権利」や「心の哲学」。化学批判で環境倫理や生命倫理。そういう流れで、哲学離れは加速するのか。
本当に、哲学は消えるのか。そこを聞きたいです。
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- 質問日時:
- 2010/8/21 06:40:22
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- 解決日時:
- 2010/8/21 23:17:58
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ベストアンサーに選ばれた回答
なんか他人が気付いて無さそうな考えを思いついちゃったら自慢したいですよね?
そして、それを色々考えて多くの人に共感を得るような内容にまとめちゃったら、それが哲学でいいんじゃないか?と思います。だとすると、今ある知識や見解より目新しいものが生まれなくなったら哲学は消えると思いますけど、そんな状況ってありますかね?今が全てを極め、真理を獲得した状況にはとても思えませんし、現在の流れを見ていると、今後も極めることは難しそうな気がしますね。
あともう一つのご質問のほう「哲学離れは加速するのか?」ですが、こっちのほうが私は興味あります。
上記の考え方ですと、哲学はその時々の時勢を反映した興味深い思索になっているはずですが、そのようになってない傾向が一部にありそうですね。具体的な例はこれから考えますw まだ自分の考えがまとまってないので、あと30年くらいかけて考えてみたいと思います。
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- 回答日時:2010/8/21 11:12:13
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ベストアンサー以外の回答
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少しだけ倫理学を独学したものです。
どうも普遍的な善悪の判断を行ないえる倫理学は「神の死」により可能性が無くなってしまったように思われます。応用倫理学は個別の事例に対して、その事例ごとの善悪の判断を行う道具=工学(応用倫理工学?)化しています。そして、その判断さえも一般性を獲得できず、社会状況などにより揺り動かされています。
私の興味の主題である「安全」の分野では「安全工学」は発達していても、「安全学」は摸索段階です。具体的に言えば、日本の生産現場の安全を支えてきた「改善提案」がJCOの事故では「行なってはならないこと」として、マスコミに叩かれました。このような事例をみても、安全の普遍化=安全学の成立が生易しいことではないことが理解されます。
個人的な意見にもならない感想ですが、これまでの哲学の領域のうち、「答えを出す」ための哲学のこれからは、個別的な事例に対する「工学」的な方向へ進み、質問者さんのおっしゃる「哲学が消える」へ向かうように思います。
一方、それよりも一つ上の階梯にある「哲学」ものの=考え方捉え方の普遍的なものは、その存在の有無については私のような浅学者にはわかりませんが、益々求められるようになると思います。それこそが、人類の共同体としてのアイデンティティであり、人類の明るい未来に必須のものと存じます。
個人的なコメントでした。
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- 回答日時:2010/8/21 08:56:26
バカじゃねーの?
政治も…国語算数なども…およそ社会を構築しているすべては哲学の一つなんだよ
そしてすべては1人1人の関係性により変容しているだけなのだ
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- ケータイからの投稿
- 回答日時:2010/8/21 07:52:38

