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娘を生贄として差し出すというような風習は本当にあったのでしょうか?

質問者

chiebukuros2さん

2010/12/617:12:49

娘を生贄として差し出すというような風習は本当にあったのでしょうか?

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ベストアンサーに選ばれた回答

2010/12/700:06:07

日本史のカテですので、日本史上の事物に限定して説明します。この問題は「娘」と「生贄」に分けて整理すべきだと思います。
先に、「生贄」から説明しますと、文献上、このような習俗が行われたことは確認できません。また、考古学的にも、明らかに生贄にされたと判断できる人骨等は発見されていません。しかし、柳田国男「一目小僧その他」等の論考からすると、太古に人間を神になずらえ、一定期間経過後は殺したという習俗が存在した可能性は高く、このことが各地の民間伝承に反映されていると思われます。ただ、この場合、生贄にされるのは、神の代役としての人間ですから、対象者は若い女性とは限りません。むしろ、後世の神主の原形がそれだとすれば、成人男性が多かったのではないかと思われます。
次に「娘」のほうですが、生贄というより「神の嫁」という性格が強かったようです。こちらは、文献上も、神が人間の娘のもとへ通ってきたという伝説が、三輪大社や賀茂神社の縁起の中に確認できます。ただ、このような神婚伝説では、生まれた子がその土地の支配者となるとともに、神の嫁となった娘も幸福な一生を送ったとされ、生贄にされたという伝承はありません。つまり、生贄伝承と神の嫁伝承は、本来は別個のものなのです。
それでは、なぜ、この二つが結びついたかというと、生贄のほうは、早いうちからそのような習俗は廃れ、古代のうちに「失われた過去の物語」と意識され、人間による改変を許す状況となっていたことが原因と思われます。
たとえば、八岐大蛇と奇稲田姫の関係などは、生贄習俗が現実のものだった時代なら、大蛇が悪神として退治されることは考えられないわけですから、古代においても、それが伝説上のものとなっていたことを示すと考えられます。
この思考法がさらに中世的に変化したのが、「今昔物語」第26巻7話の「美作国の神、猟師の謀に依りて生贄を止める語」として知られる説話です。美作国・中山神社の神が毎年、人間の娘を生贄としていたのを、旅の猟師が猟犬を使って仕留めたら、実はただの猿だったというものです。ここで猟師に痛めつけられた猿は、神としての威厳などかけらもなく、ひたすら命乞いをするという情けない姿に描かれています。もはや生贄も神の嫁も遠い昔の記憶となってしまった時代だから、人間の娘を生贄にするという改変も起こり得たわけです。

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sfmqw057さん

2010/12/621:01:51

昔話などには割と出てくる話ですが、
さて、実際にあったかどうか。

古事記を読むと、女性が犠牲になる逸話は多いですね。
イザナミ神が火の神を産んだ時に陰部を焼いて死んだことや
有名な八岐大蛇退治の奇稲田姫、
ヤマトタケルの妻・弟橘比売命が難破船から入水、
いずれも女性が悲劇の対象になっています。

これらはいずれも伝説の類ですが、
民間伝承として残っている以上、
類似した事実があったことも否定はできません。

古今東西を問わず、処女崇拝、処女信仰などがありますので、
かつては処女を生贄とする風潮はあったのかもしれません。

処女崇拝は古代にあっては原始宗教、アニミズムなどから
一種の信仰として伝わっていますが、
現在でも非常にストレートな形でありますよね。
日本ではある種の幼さを残すアイドルや女優は非常に人気です。
欧米では幼女への性的暴行は殺人より罪が重いそうですが、
これも関係してるんじゃないかと思ってます。

今の時代ですらこれですから、古代においては、
処女に神聖さを見出すような考えがあったとしても不思議ではありません。

もっとあからさまに言わせていただくと、
ロリコンは古代から多かったんじゃね?ってのと
それに加えて、幼い女の子をしばいて興奮する、
SM趣味みたいな奴も太古から多かったんじゃないかな、と。

その欲望に様々な理由(言い訳)をでっちあげて
処女を生贄にしてたんじゃないか、というのが私の推測です。

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birdea37さん

2010/12/619:07:26

古代ローマ帝国は、衰退期、海賊王ガイセリックと
馬賊大王アッテイラーの両軍の攻撃で
滅亡の危機に瀕していた。
ガイセリックの王国は、地中海を挟んだ北アフリカ
だったが、アッティラのナワバリは増殖拡大して
ローマの都を包囲していた。
このアッティラ大王は自分のことを
「神のムチ」と呼んだ、彼に敵対して
彼に攻撃される敵を すなわち自分は
天罰の代行者だとアッテイラは唱えていた。
ローマの都の陥落を目前と思い、アッティラは
絶好調で有頂天で、陣営で宴会を始めた。
アッティラ軍団の味方になった他民族から
絶世の美少女が贈り物としてアッティラに
捧げられて、アッティラは、その宴会の晩、
美少女と寝室に行った、だが、ほどなく
アッテイラは寝室で鼻血を出して絶命した。
かくして「神のムチ」は貢物の少女と
遭遇したら志半ばで亡くなった。
アッティラ亡きあと彼の軍勢は勢力が
衰えて東方へ撤退していき
古代ローマ帝国は、ひとまず滅亡が延期
された。

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marubooroxさん

2010/12/618:22:27

洋の東西を問わず、そのような信仰は普遍的にあったようですね。
インカでも少女を神の生け贄と差し出していたことがわかっています。

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tomato3723さん

編集あり2010/12/618:23:36

荒振る神を鎮めるために、生け贄を差し出すという風習は全国にありました。
生け贄は神に対する贈り物ですから廃物利用のようなものでは返って怒りをかうと考えられた事は想像に難くありません。
ただしこれは日本だけの風習ではなくて、世界中で起こっていた事だと思います。ユダヤ教、キリスト教の教典そして歴史書である聖書に、神がアブラハムに彼の息子を生け贄として差し出すように求めたとあります。子牛や小羊のように丸焼きにしろと。火の中に投げ込むすんでの所で神がストップをかけて、アブラハムの忠誠心を試したと種明ししますが、神は人身御供を要求する事があるとアブラハムが知っていたからこそ成立つ話です。そんなものは神ではなく悪魔か妖怪だとアブラハムが怒れば、神は赤っ恥です。
信徒も名誉も一挙に亡くし自らの権威を守るためにアブラハム一族は皆殺し。その赤ん坊は食わねばなりません。アブラハムが神は人の赤子を要求する事もあると知っていたからこそ自らの子供を犠牲にしようとした。
ちなみに中国ではインの時代、南米ではマヤアステカの時代、インドでもアフリカでもそしてたぶんヨーロッパでも人身御供は行われていたと思います。

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ggaatteennさん

編集あり2010/12/617:46:02

2年ほど前の新聞に、江戸時代に作られた橋の土台の柱
跡の穴から生贄と思われる遺骨が見つかったという記事が
載っていました。
娘といっても生娘だけが神の花嫁としての資格があるわけで
ほとんどの娘はとりあえず大丈夫でしょう。

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