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新世界約の翻訳がむちゃくちゃだというご意見をみました。

質問者

vanilla0544さん

2011/4/814:44:43

新世界約の翻訳がむちゃくちゃだというご意見をみました。

何事も裏づけがないと 鵜呑みにはできない性質で、色々な聖書を読んでみましたが、文章の言い回しが違うだけで内容的には
どれも大差なく私には変な部分は見つけられませんでした。
具体的にどこがおかしいのでしょう?聖書に詳しい方教えて下さい。
宗教批判や攻撃ではありません。知らない事を教えて頂きたいだけなので。

主がエホバになっているという点については古い写本に元々YHWHは書かれているし、フランシスコ会訳、S.T.バイイングトン訳、J.N.ダービー訳等々神の名前を使ってある聖書は新世界訳以外にも多数ありますし、又発音の仕方(ヤハウェ、ヤーヴェ、等々)は宗教のみならず学者間でも意見の一致をみないところですので、この2点以外のお教えをお待ちしています。
個人的には啓示録(黙示録)22:18,19を読む限り、聖なる書から神の名前を取り除くのはいけないような気がしてますが。

補足bible go様 Wikiで見たのですが日本聖書協会から出ている文語訳?新約聖書においては神の固有名はエホバと翻訳されている。と書いてありました。(?の所の漢字私には出せません)探せばまだあるのでは。

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kyotoadgjさん

編集あり2011/4/900:32:32

新世界訳聖書は学生時代に友人から貰って、少し読んだことがあります。
翻訳作業でタブーとされる【重訳の逐語訳】を犯しているので、原書の意図を外れた訳になっている可能性はありますね。

>啓示録(黙示録)22:18,19を読む限り
>聖なる書から神の名前を取り除くのはいけない

『何かを加える者…この預言書の言葉から何かを取り除く者がいるならば』の部分ですか。
でも、この聖句が聖書全体を指しているとみるのは、聖書成立史的におかしなことです。

黙示録は現在、聖書の最後に配置されることが多いのですが、書かれたのはドミティアヌス帝の治世(紀元81~96)です。
一方、2ペトロ書簡が書かれたのは2世紀に入ってからで、黙示録は聖書の締めくくりとして書かれた文書ではないのです。

そもそも聖書はそれぞれが独立した文書でした。
それを正典化するにあたってはイエス・キリストの死後から数世紀にわたり何度も会議が繰り返され、度重なる文書の追加や排除がなされた結果、現在の新約聖書に含まれる文書に確定したのは、397年の第3回カルタゴ教会会議(ローマ教皇シリキウスの時代)です。
その時にあっても、ヨハネ黙示録は最後まで正典化することが疑問視された文書でもありました。

聖書は逐語的に読もうとするとカルト的解釈をしてしまう危険があります。
書かれた時代背景や成立史などを考慮して読む必要があると思います。

以上のことから、新世界訳聖書の翻訳自体というよりは、教団の本をベースに都合の良い聖句を逐語的に引用するという聖書の使い方に問題があると思います。
聖書は一般書店でも売られており(新世界訳聖書は売られていないけれど)、聖書を読む人がこれだけいる中で、エホバの証人だけが特異な解釈をしているというのは、あの読み方のせいではないでしょうか。

【追記】

peugeot206xs_wrcさん>通じるように訳そうってなると、人によってそれぞれですよね

それぞれの訳文が許されるのは原書の意味を歪めないという前提においてですよね?
三位一体を否定するために、わざと他の聖書と違う訳し方だったらどうでしょう。

聖霊に人格性はなく神の力にすぎないと思わせるために、他の聖書では「その方」「この霊」「him」と訳されている聖霊を示す人称代名詞(ギリシャ語:オト)を、わざわざ「それ」や「it」と指示代名詞に変えてしまうのは改竄でなく誤訳ですか?
指示代名詞なら確かに人格ではないかもしれないけれど、人称代名詞は人格を表すのに使う語ですよね。
なぜ三位一体を否定するエホバの証人だけが都合よく訳し間違えた(?)のでしょう。

不思議な話ですね。。。

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brkpsa5522さん

2011/4/1000:01:07

神のお名前に関すること以外で、新世界訳聖書と新共同訳聖書とで、意味や読者のイメージが異なる箇所をあげてみます。比較してみてください。


●マタイ27:51~53(地震に伴い死者の復活があった?)

新世界訳:「すると,見よ,聖なる所の垂れ幕が上から下まで二つに裂け,地は震い動き,岩塊は割れた。そして,記念の墓が開け,眠りについていた聖なる者の体が数多く起こされ,(人々は,彼がよみがえらされた後に記念の墓の間から出て来て,聖都に入ったのである)多くの人に見えるようになった。

新共同訳:「そのとき、神殿の垂れ幕が上から下まで真っ二つに裂け、地震が起こり、岩が裂け、墓が開いて、眠りについていた多くの聖なる者たちの体が生き返った。そして、イエスの復活の後、墓から出て来て、聖なる都に入り、多くの人々に現れた」。

イエスが亡くなられた時に起きた地震によって、(新世界訳)単に墓にあった多くの死体が起こされたのと、(新共同訳)多くの死人が生き返ったのとでは大きな違いがあります。
以前に、この聖句について回答したことがありました。
http://detail.chiebukuro.yahoo.co.jp/qa/question_detail/q1043590175


●マタイ7:7、ルカ11:9(継続的に?)

新世界訳:「求めつづけなさい。そうすれば与えられます」。

新共同訳:「求めなさい。そうすれば与えられる」。

イエスがここで実際に教えようとされたのは、単に求めることなのか、それとも粘り強く求め続けることなのでしょうか。


●マタイ6:25(魂が食物を必要とする?)

新世界訳:「魂」

新共同訳:「命」

エホバの証人の「魂」の理解は、人や動物そのもの、または人や動物が持つ命のことです(人が死ぬと、無意識、無存在です)。
カトリックやプロテスタントでは、肉体が死んでも生き続ける魂を教えます。
ヘブライ語の「ネフェシュ」、ギリシャ語の「プシュケー」を、新世界訳は一貫して「魂」と訳し、新共同訳は「命」と訳したり、「魂」と訳したり、箇所によって変わります。


●伝道(コヘレト)9:10(死者はどこへ?)

新世界訳:「シェオル」

新共同訳:「陰府」

エホバの証人はこの聖句を、人が死ぬと、無意識無存在の状態で死の眠りに就く“場所”である“人類共通の墓”に向かうと考えます。カトリックやプロテスタントでは、肉体は死んでも魂が生き続け、死後の世界へ向かうと考えます。
この聖句で、ヘブライ語の「シェオル」を、新世界訳はそのまま音訳し、新共同訳は「陰府」と訳しています。


検証してみてください。

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編集あり2011/4/912:34:37

文語約聖書を使ってる人にとっては口語訳は「くだけすぎている!」と感じます。
口語訳聖書を使ってる人にとっては文語訳は「読みにくい」と感じます。

翻訳作業と言うのは大変で、読みやすく、くだけすぎない言葉を選ばないといけないのです。
そして、翻訳文言が一つだと解釈の違いが生じる(「サウダーデ」とか「旨み」とか微妙なニュアンスの単語等)ので、新世界訳の場合は本文の下のほうに

「○○と約している聖書もある」「××聖書では○○と訳されている」と説明が入っています。

例えば

「みくにのきたらんことを、みなのたかめられんことを、~わがつみをゆるしたまへ」

これを翻訳すると

「王国が来ますように、あなたのお名前が高められますように、~私の罪をお許しください」

と言う風になります。他の人はまた別の翻訳をするでしょう。
けど 1000年以上聖書の中にあった、神の固有の名前「神聖四文字」を、近代になって聖書から消したり。

(啓示 2:13) …あなたはわたしの名をしっかり守りつづけており,あなた方の傍ら,サタンの住むところで殺された,わたしの証人,また忠実な者であるアンテパスの日にも,わたしに対する信仰を否定しなかった…
(啓示 16:9) …神の名を冒とくし,悔い改めて[神]に栄光を帰するようにはならなかった…

また
原本に無い記述を書き足したりするのは、正しいことではありません。

(申命記 12:32) 32 わたしの命じるすべての言葉,それをあなた方は注意深く行なうべきである。それに付け加えても,それから取り去ってもならない。

とあるように、聖書に個人の考え、その時代の人々の考え を書き加えてはならず。
霊感を受けた筆者(ヨシュアやエレミヤ)は書き加えましたが、書き加えたときは、当時の書き加えた経緯もしっかり明記しました。


エホバの証人のDVDでは、他の聖書翻訳からの引用が多くなされていますので、気が向いたら観て下さい
http://jw0media0download.blog.fc2.com/blog-entry-10.html

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syuushigakuさん

編集あり2011/4/1100:42:37

一例を揚げるだけでも、彼らは聖書が解っていないことが解ります。世界で七百万人、日本人30万人もの人が、神と無縁のこのおかしな誤読を良しとして、救いがあると信じて人生をかけて無駄にしていることは、寒気がするというか、悲しい、悔しいものがあります。

人間は智恵がなければ自分を不幸にし、他人も巻き添えにします。

コリント第一 15:22-24

○、 新改訳聖書 ◇ (ファンダメンタル)
すなわち、アダムにあってすべての人が死んでいるように、キリストによってすべての人が生かされるからです。しかし、おのおのにその順番があります。まず初穂であるキリスト、次にキリストの再臨のときキリストに属している者です。それから終わりが来ます。そのとき、キリストはあらゆる支配と、あらゆる権威、権力を滅ぼし、国を父なる神にお渡しになります。

X, 新世界訳聖書 ◇ (エホバの証人)
アダムにあってすべての人が死んでゆくのと同じように,キリストにあってすべての人が生かされるのです。しかし,各々自分の順位にしたがっています。初穂なるキリスト,その後,その臨在の間に,キリストに属する者たちです。次いで終わりとなります。その時,彼は王国を自分の神また父に渡します。その時,彼はあらゆる政府,またあらゆる権威と力を無に帰せしめています。


ーーーー
○、アダムにあってすべての人が死んでいる=、アダム=エバ(穢場=腹の蝮の獣性=椅子仮下汚手の憂蛇野人=仇=鬼=666)にものを云わせて魂を完成する仇武の智恵をイエス(別礼辺武の勇拿矢人=剣岳、2999m)の教えが生かす、仇武による魂作りを開眼させる

X、アダムにあってすべての人が死んでゆく=、アダムは仇武で精神の命の火で刀で、腹の虫の蛇(真無視)を治めて舟として彼岸に亘る「辺=辻=道=迫=達=竜←蛇」の帆掛け舟の船頭、ノア(法明け)の智恵と力ですから、この力にあって人が死んでいくのではない、仇武の智恵が死んでいるので人は彼岸に亘れない、ゆえに、人は死んでいくのではなく、死んでいる(眠っている=盲目で開眼できる)と教えられているのです。

アダムの働きが死んでいる、が正しくて、仇武の働きで死んでいく、というエホバの解釈は間違っている。

肉のエバはすべてのものの母となった、というのはアダムが火で、火を燃え立たせる水素がエバ(副え=腹=助)で、火と水が縦横の十文字に結んでプラスの正生聖の繁栄をするという神(火水の咬みの秘蜜)を知らない、宗教の基本が解っていないことがここでも明らかです。

ーーー
○、順番=夏に殻田(七=産業革命)を作ってから秋冬に実魂(廿=八九=霊性革命=蘇る)を作る、目のあるピラミッド=石垣→宮城=皇冠=体作りを確りやり、後に実魂作りをしっかりやる=一年の四季の廻りにに応じた働きをする

X、順位=廻り(神の経綸計画)に無知では一稔はならない

ーーー
○、キリストはあらゆる支配と、あらゆる権威、権力を滅ぼし=聖書のたとえが翻訳されて、切理主途(主の園、天国への道への進軍の選択)は、権威、権力は何の足しにもならない、神真理を叩いて切り開いていく神向心だけが光り(あかり)と成るを知る

X,彼はあらゆる政府,またあらゆる権威と力を無に帰せしめています=彼ではなく、切理主途の理智で、「います」ではなく、新しくおろされるのです。
国、個人の想念の転換(読み替えり=反省=見返る=ミカエル大天使長=自己贖罪論)のことですから、神は注意を下ろされるだけですから、救いの道に入れるかどうかは私達の受け取り方次第であるということです。

ーーー
エホバの証人が十字架(神+人=精神+肉体=頭、首、腹=三位一体)を否定していることも上記と一貫した(筋の通った)無知蒙昧、物見の父さんの野次馬的読解力の痴劣を見事に曝け出しています。

漢字、地理、歴史、一切神の声、最後の学問「秀思學」のすすめ

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2011/4/823:42:29

もし自分たちの教義にあわせた翻訳をしているとしたら、他の翻訳使用禁止ってなりませんかね?そこで矛盾が生じるのは必至でしょう。
重訳しちゃいけないって書いてる方もいますが、じゃぁそもそもの原本が見つかっていないものは、どうやって翻訳するの?
ヘブライ語をギリシャ語に訳しているものを、さらに現代の様々な言語に翻訳しているんだから、どうしたって微妙なずれは生じるでしょ。
いろはにほへと・・・ってあるけど、これだって現代の日本人には意味が通じない。
じゃぁ通じるように訳そうってなると、人によってそれぞれですよね。

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y_yuki123さん

2011/4/821:14:40

一つ一つの翻訳については違和感が少ないと感じられると思いますが、エホバの教えにあわせて翻訳しているため、翻訳に一貫性がなく、同じ言葉がエホバの教えにあわせて様々な言葉に翻訳されているようです。元の言葉がどのような日本語/英語に翻訳されているのか調べると分かるようです。

יהוה(YHWH)の翻訳も、エホバ、神、イエス・・・、הָאָדוֹן(Load)の翻訳も、エホバ、主、主(イエス)などエホバの教えに合わせた翻訳になっているようです。

つまり、新世界訳の翻訳者が聖書の元の言葉をどのように翻訳しているのかを調べると、
Кύριος(主)=יְהוָֹה (YHWH)=הַמּשִׁיה(キリスト)
となってしまうのは皮肉とも言えます。

参考 新世界訳聖書の実像
http://www.geocities.jp/abdlesa/index.html

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