解決済みの質問
一寸坐れば一寸の六根清浄ですか?
一寸坐れば一寸の六根清浄ですか?
適当にダラダラと座っていては やはりダメですよね?
逆に初心者でも何もわからなくても
一生懸命?座っていたらやっぱり 仏なんでしょうかね?
仕事しない人は嫌いですが
やはり、そういうことも あまり気にならなくなって
いかないとダメなのかな
と思う最近です
この質問は、kahusehuさんに回答をリクエストしました。
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- 質問日時:
- 2012/2/13 20:33:31
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- 解決日時:
- 2012/2/16 11:36:48
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- 回答数:
- 2
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- 27
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ベストアンサーに選ばれた回答
kahusehuさん
リクエストマッチ!一寸坐れば一寸の六根清浄です。
元の言葉は「一寸坐れば一寸の仏」ですけどね。
ダラダラ坐るのは
坐禅が坐禅になっていないだけです。
でも、坐禅には初心者もベテランもありませんよ。
だんだんベテランになるにつれて仏に近づくのではなく、
人は本来、誰もが生まれながらに仏なんですよ。
そこのトコで坐っていくだけなので未熟も熟練もありません。
もし熟練した自分があるとしたら、
それは坐禅が坐禅になっていません。
小難しいことを書きましたが、なんてこたないです。
ただ坐ろうという心を大切にする…
それだけでも仏心です。
結果としてダラダラと座っちゃった分は
ダラダラと座った自分ですけど、
坐ろうと発心した分は
まごうことなく仏の悟りです。
>やはり、そういうことも
ホントに気にならなくなってしまったら
それはそれで少なくとも仏教的には
道を外してしまうなぁ~と私は思います。
こんな話があります。
むか~しむかし、とある禅寺で
弟子の一人が泥棒をしてしまいました。
それに気付いた他の弟子たちはみんなカンカンに怒り、
「こんな奴と一緒に修行できるか!
こいつをつまみ出せ!!追放だ!!!」
と口々に叫びました。
そこに騒ぎに気付いたお師匠さまが来て事情を聴くと
お師匠さまはこう言います。
「お前さんら、
コヤツと修行できんと言うなら皆出ていきなさい。
ホントにワシが救ってやらんといかんのは
泥棒をせんかったお前さんらではなく、
泥棒をしてしまったコヤツじゃ。
たとえお前さんらがみ~んないなくなっても
ワシはコヤツの面倒を見るぞ。」
この言葉を聞いて
泥棒をしてしまった弟子はさめざめと涙を流し、
改心して二度と盗みをせず、
真面目に修行すると誓ったんだそうな。
ー ー ー ー ー ー ー
知恵袋でもよく「仏教は救いになるか?」という質問がありますけど、
ホントに人様を救うためだけに
仏道やってるお坊さんはいないと思います。
私もこうして宗教カテで恥をさらしていますが、
何だかんだでそれなりの数の回答を書いてきました。
その中でホントに人様の心に届いたであろう回答は
ホンの一握りです。
そして、そのホンの一握りの回答によって救われたのは、
実は他ならぬ私なんですよ。
救われたいから、あえて回答するんですよね。
そりゃ、回答しなきゃ楽ですよ。
別に何時間もかけて回答したからって
お給料もらえるわけでもありませんし、
誰かからチヤホヤしてもらえるわけでもありません。
正直、「戒名だの丸儲けだのって、もっと勉強してから質問しろ!」
って思うことも少なくありませんし、
「この話題、もう何回回答したかな…
分かっちゃいるけどキリがないな……」
って感じることもしょっちゅうです。
単純に知恵袋を離れれば
そんなことに煩わされることはありません。
でも、それって救いじゃないですよね。
またいつかどこかで同じことに煩わされるだけです。
苦の輪廻の中でステージが変わっただけ。
苦はそのまんまです。
結局、他者の救い=自分の救いのトコであって始めて
人様を救うという、おこがましいことが成り立つんですよね。
自分が自分一人で生きているのなら、
自分で勝手に救われることもできることもできるはずです。
ところが幸か不幸か、好もうが好むまいが、
人は一人では存在できません。
他者によって生かされています。
ならば、自分を生かしてくれるものを
一つ一つ丁寧に丁寧に向かい合っていくしか
救われようも救いようもないんです。
先に挙げたお話のお師匠さまも同じです。
自分の弟子の中から泥棒をだしてしまったお師匠さまは、
その泥棒と向き合うこと以外に救いは無かったんですよ。
その弟子を追放すれば楽です。
でも、お師匠さまはそれができなかったわけです。
仏道に救いを求める身として、
そんな選択肢があろうはずもなかったんです。
だからですね、
質問者さまが仕事しない人に腹が立つのも
今はそれでいいんですよ。
いつか、そこの所の苦のループから抜け出るために
様々な原因と結果を積み重ねていってる最中なんですから。
確実に出口に向かっているんです。
焦らないで下さい。
で、やっぱりそのために良い原因と結果を
積み重ねていかなきゃいけませんから、
そこのトコを克服したいという思いは大切に持ち続けてくださいね。
まぁ、こんな事ばっか考えて生きても肩が凝りますから、
たまに頭の中を空っぽにするくらいの気持ちで
坐ってみましょ。
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- 回答日時:2012/2/15 02:35:25
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