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日本の季節感、季語、枕詞などの概念による外国との違いについて質問があります。

shun791538641さん

2012/2/2712:33:23

日本の季節感、季語、枕詞などの概念による外国との違いについて質問があります。

日本には昔から俳句や短歌などの文化から「季語」や「掛詞」、「枕詞」などが存在しますが、そういったひとつの言葉で別の何かを連想させるような概念というのは日本文化独特のものなのですか?

【季語について】
例えば「桜」と言ったら「春」を「蝉」と言ったら「夏」を、「蜻蛉」と言ったら「秋」、「大根」と言ったら「冬」を日本人であれば想像すると思うのです(※日本人であれば必ずしも想像しなければいけないというわけではないですし、日本人でなくても想像するかもしれませんが)。 しかし、国語の先生に「外国では蝉はただのうるさい虫でしかなくて、夏に騒ぎ立てる虫は全てただのうるさい虫なのだ」と教わりました。 外国では桜はただの花であり、春を知らせるようなモノとしての役割はないのですか?

【枕詞】
これも「久方の」や「あをによし」などの言葉でそれぞれ「光」、「奈良」などの描写を添えるような表現ですが、日本独特のものですか? 花言葉のようなものなのでしょうか

【掛詞】
私は日本語の中でこの掛詞が最も美しいと感じるのですが、同音異義語からなるこの表現は日本以外でもありますか? 小野小町の歌にある「眺め」と「長雨」なんてとても日本語でしかできないように思うのですが。

他にも縁語や序詞などもあり、日本語はとても美しく、時にナゾかけやギャグのようなところもあり非常に面白い言語だと思うのですが、こういったひとつの言葉で他の何かを連想させる「共感覚」のような言葉遣いは日本独自のモノなのですか?


もちろん外国はそれぞれの文化の違いがありますから「日本以外の国」というのはとても抽象的で曖昧な表現になってしまうのですが、あくまで「日本はそういう概念が色濃いですよね」という前提の下での解釈の上、回答して頂けたら幸いです。

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2012/2/2808:08:19

残念ながら、日本文化は日本人が思う(思いたがっている)ほど、独特なものではありません。

日本語は、言語学的には確かに孤立した言語、あるいは同族関係にある言語が極めて少ない言語といっていいでしょう。
しかし、人間の感性というものは、それほど地域差や民族差のあるものではありません。
具体的に言いますと、

季語……特定の語が特定の季節を想起させ、ある程度定型化して用いられるのは、どの文化圏でも同じことです。
たとえば、南ヨーロッパで「アーモンドの花」は、日本の桜と同じ位置を占めています。中央ヨーロッパでの「エーデルワイス」は、日本の福寿草にあたるでしょう。

枕詞……古代文学で、特定の語に特定の修飾語がつくことは、どの文化圏にもあります。
たとえば、ホメロスでは「海」という語に、しばしば「葡萄酒色の」という枕詞がつきます。最高神「ゼウス」の枕詞は、「アイギスたもつ」です。

懸詞……シェークスピアにどれだけの懸詞や地口落ちが用いられているかは、ご存知でしょう。もちろんシェークスピアに限ったことではありません。

どんな言語でも、それを用いる人の才能によって、「とても美しく、時にナゾかけやギャグのようなところもあり非常に面白い言語」になりうるのです。

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tao2012cityさん

2012/2/2910:12:31

日本語です。世界中で日本語だけ、言語の性格、パターンが違うからです。だから日本人は、神から選ばれた民族か?宇宙人の子孫か?と思う程、日本語は、特殊で変わっています。まず発音の仕組みが違います。子音、リズム、アクセンとが弱いので、自己主張、自己表現が出来ません。しかし母音が強いので、脳が休み情緒が発生します。外国語は、中国語でも、英語でも、反対で、子音、リズム、アクセントが強いので、脳を自我を刺激して、自己主張が強くなります。しかし母音は弱いので、情緒は発生しません。この日本語から情緒が発生するという特徴が、日本語をむずかしくしています。言語の目的は、外国語は用件だけですが、日本語の場合は、用件と情緒のふたつがあります。むしろ日本語は、情緒のほうが重要です。だから外国人は、情緒が理解出来ないので、日本語は、理解できません。しかし情緒は、人を癒し、人を育て、社会を調和に導きます。新しい時代は、情緒の時代です。情緒を理解する事が、新しい時代の鍵です。幸い日本人は、日本語の影響で、行動パターン
が、情緒思考です。また日本の伝統文化は、情緒思考文化です。だから日本は、情緒に溢れた国です。だから日本は、情緒時代の手本です。人類を導く、役割があります。美人は冷たいと言われます。美的、調和的、知的、論理的に脳を刺激するのが西洋文化です。西洋では、美しい芸術と思われています。これを論理思考文化といいます。これに対して日本の伝統音楽、和風文化は、情緒があるのが美しいと思われています。これを情緒文化といいます。情緒は、人の心を癒し、育てます。論理思考文化は、脳を刺激するので、躍動感があり、心が元気になるけど、心は、ストレスになります。これを癒しだと現代人は、錯覚してます。現代演劇、現代美術、現代音楽は、自己表現、自己主張が過剰で、脳を刺激するものばかりで、気分が高まる、テンションが高まるものばかりです。だから心は、リラックス出来ないです。逆に興奮します。脳を刺激する芸術と、脳を休める芸術があります。現代の芸術は、脳を知性を刺激して、頭で理解する、論理思考芸術です。究極は抽象表現です。脳を刺
激すると活性化して、元気になるけど、頭の知的な美的な遊びで、自己満足で、癒しではありません。脳を休める芸術は、日本の伝統文化です。情緒を表現していて、情緒思考文化です。脳を休ませる芸術は、情緒に溢れているので、心が癒されます。論理思考は情緒を排除します。論理と情緒は対立していて両立しません。だから自己主張や自己表現が強いと、論理思考芸術になります。日本の伝統音楽の義太夫節、演歌、民謡などは、母音を過剰に伸ばすので、この時、脳が休み、脳波がアルファ波になり、情緒が交流し、心が癒されます。つまり日本の伝統文化は、舞踊や演技の間、音楽の母音、絵画の余白、和歌の枕詞などに、間を入れて情緒を多くします、これが脳を休ませる情緒思考芸術です。情緒は、人を癒し、人を育て、社会を調和に導きます。新しい時代は情緒の時代です。世界中で日本人だけ、思考行動パターンが、情緒思考です。だから日本は情緒溢れる国です。新しい時代の手本です。

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2012/2/2713:49:49

主さんのご指摘通り日本語は複雑な修辞法としてまくら詞、縁語、掛詞、季語、切れ字等短歌、俳句の世界を中心に築き
あげてきました。

原因は言語学の立場、或は文学の評論等から指摘されています。主な考え方として
一つはわが国が温帯に属し気候が温暖且つ四季の有ること「感受性を磨いてきた』外国は二期が多く夏からいきなり冬へ。

次に日本語の助詞の持つ特性ー助詞の有ることによって複雑な文、或は短詩型の文学が創造された。

さらに漢字が表意文字のため一語に幾つもの意味を持たせる事が出来るー例「空ーそら、くう、あける」

これらの特徴を生かして様々な修辞法や、文学が発達したといえます。

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