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1980年代のエチオピアの飢餓が当時の共産党政権が意図的に起こしたものですか?
1980年代のエチオピアの飢餓が当時の共産党政権が意図的に起こしたものですか?
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- 質問日時:
- 2007/5/4 18:05:28
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- 解決日時:
- 2007/5/11 17:45:52
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- 回答数:
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ベストアンサーに選ばれた回答
もともと、飢餓があったのだ。
深刻化させたのは、間違いない。
革命の後は、以下のように、戦争ばかりをしていた。
エチオピアでは、経済危機と飢餓が深刻化する中で、1974年9月に軍部によるクーデターが起こり、皇帝ハイレ=セラシエ(1892~1975、位1930~35、1941~74)は退位した(エチオピア革命)。
翌1975年、臨時軍事評議会は帝政を正式に廃止し、社会主義共和国の樹立を宣言した。臨時軍事評議会は農地解放を軸とする急進路線と反対派の徹底的粛清を強行した。
1977年には軍事政権の内紛が起こり、メンギスツ臨時軍事評議会第一副議長が同評議会議長に就任したが、同年7月にソマリアとの紛争が起こった。
ソマリ族が多数を占めるエチオピア東部のオガデン州(1920年にエチオピア領となる)の分離・ソマリア復帰を目ざす運動(オガデン州解放運動)が、ソマリア政府の支援ですでに1966年に始まっていたが、エチオピア革命後さらに激化し、1977年7月にはソマリア軍がエチオピアに侵入した(エチオピア=ソマリア紛争、1977~78)。エチオピアはソマリア軍を撃退し、ソマリア軍は1978年3月に撤退した。
なおソマリアでは、1980年代から内戦が始まり、1991年以後激化し(ソマリア内戦)、1992年12月には国連多国籍軍(米軍が主体)が派遣された。
1987年2月にエチオピア社会主義新憲法が発効し、同年9月にはメンギスツ議長が初代大統領に選出された。そして民政移管とともにエチオピア人民民主共和国が発足した。
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- 回答日時:2007/5/6 21:45:07
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