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カラマーゾフの兄弟 ドストエフスキー

shameless_ore6さん

カラマーゾフの兄弟 ドストエフスキー

カラマーゾフの兄弟を読みたいと思っているんですが、誰が訳した本が一番良いのでしょうか?
最近なら、亀山訳のモノが相当売れたみたいですが、その反面批判も多いみたいなんですが…

補足
そもそも、何で亀山訳はあれほどまでに売れたのでしょうか?

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ベストアンサーに選ばれた回答

portia908dauthertocatoさん

同じく、亀山郁夫訳をおすすめします。
とにかく訳がこなれていて勢いもあり、読みやすい日本語だからです。
文字も大きいし、改行もマメなのでなおさら読みやすい。
私の場合、以前に新潮文庫の原卓也訳と岩波文庫の米川正夫訳を読んでいましたが、読みやすさに関しては亀山訳が一番だと感じました。

なぜ読みやすさを強調するかというと、相当読書慣れした人でもドストエフスキーの長編はとかく「途中で挫折した」「一応目は通したがよくわからなかった」という話をよく耳にするからです。
同じ19世紀の作家でも、バルザックやディケンズで挫折したという話はあまり聞かないので、それだけドストエフスキーの文章がグダグダなんでしょうね。

亀山訳に対して批判があるのは日本語としての読みやすさを追求するあまり原文の持ち味を殺し、ときには作品の理解すら限定してしまっているからでしょう。
翻訳には読みやすい日本語にするか、原典を尊重するかというジレンマがあるように思います。
亀山訳は前者に偏りすぎているのではないか、と感じる方がいても不思議ではありません。
もっともこうした問題は亀山訳に限ったことではありませんし、彼の翻訳に対する批判が目立つのは、それだけこの翻訳が注目されているからだと思います。

まあ、プロのロシア文学者同士、互いの仕事に不平不満があるのもわかりますが、
われわれ一般人には喧嘩のレベルが高すぎてよく分からん、という気がします。
あまり気にせず、読みやすい翻訳はそれとしてありがたく楽しませてもらってよいと思いますよ。

ちなみに、もしどうしても、亀山訳はちょっと...と感じるなら、米川訳がよいかと思います。
ロシア文学の翻訳においては草分け的な人で、これまで標準的に読まれてきたものです。
米川訳も決して原文に忠実なタイプではありませんが、ドストエフスキーファンから「流行りものに流されやがって!」と思われることはないでしょう(笑)


>なぜ亀山訳が売れたのか?
正直言って決定的な原因は不明、と答えるのがいまのところ一番誠実でしょう。
ですが、それも何ですので、考えられる要因をいくつか列挙してみたいと思います。

・新しいレーベル(光文社古典新訳文庫)の発行(2006年9月)と同時に発売されたから。カラマーゾフの兄弟の第一巻は初回の配本でした。もちろん、他にもシェイクスピアの『リア王』やケストナーの『飛ぶ教室』などおなじみの作品も同時発売だったので、これだけが理由ではないでしょう。
・タイトルは知っているが読んだことはない、昔読んだけど挫折した、という潜在的な読者が結構たくさんいたから。新しいレーベルの新しい翻訳、という状況はこういった層に購買のきっかけを与えたのではないでしょうか?
・しかも『カラマーゾフ』なら「こんなすごい本読んでるぜー」という気になれるから。(ちょっと嫌な言い方ですね...。)
・亀山訳が読みやすかったから。むかし読もうとして挫折した経験のある読者にとっては特にありがたかったと思います。
・やっぱり『カラマーゾフの兄弟』は面白いから。作品にアクセスする状況が整ったので、あとは内容次第。義務感で続きを買ったり、挫折した人もいると思いますが、基本的に面白くない本の続きは買わないでしょう。

では、どのあたりが受けたのか?

朝日新聞の記事に次のような分析が紹介されてます。

8月25日に東京・六本木で開かれたトークイベントで、亀山氏はブームの理由をこう分析した。「『カラマーゾフ』では運命に翻弄(ほんろう)される人間の小ささが描かれ、グローバル化の現代の状況に似通う。テロなどの大きな悲劇と、ネットなどで得られる後ろめたい情報とに挟まれ、人間の卑小さが実感される時代になった」

筑摩書房の編集者で、TBS系「王様のブランチ」の本のコメンテーターを務める松田哲夫氏は「読者はただ泣けるだけの小説にも飽きてきて、19世紀的な大きな物語の地層にぶつかっているのでは」とみる。「オウム事件や9・11事件を経て、宗教や犯罪など、人間のわからない情動を問う闇の世界の物語へと関心が戻ってきた。政治や哲学のレベルでは解けない奥深い問題は、バブルや不況の時代には遠のいていた分だけ、逆に希求されるのでしょう」
http://www.asahi.com/culture/news_culture/TKY200709010055.html

また、アメリカ文学者の柴田元幸さんは、村上春樹が自分のウェブサイトで『カラマーゾフ』を紹介したことも原因の一つではないか、と述べています。(『ユリイカ』2007年11月号)

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  • 編集日時:2008/2/26 05:19:10
  • 回答日時:2008/2/26 00:03:06

質問した人からのコメント

  • 成功大変参考になりました。
    実は、自分は村上春樹つながりで読もうとしていたので、最後の段落を読んでヘーと思いました。
  • コメント日時:2008/2/26 21:56:35

グレード

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ベストアンサー以外の回答

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worldcitizen2100さん

批判は多いけど、立ち読みした段階では確かに読みやすいと思います。私は『罪と罰』米川正夫訳、『賭博者』新潮文庫しか読んでいませんが、亀山訳がいいと思います。誰が翻訳してもこんなに売れたのでは批判が多くなるのです。

なんか文芸の世界では大ヒット=「悪」というところがあります。やっかみ半分で批判が集まるのです。気にしなくてもいいです。

読みやすさを優先しすぎだという批判と補足の答です。故青木雄二氏や多くの方が、ドストエフスキーは古典文学ではない、現代文学でいまだ現代作家だと言ってます。枯れていなくて現代に脈打つ力を持つ、希有の文学なのです。思想、革命、挫折、金、欲望、それらの中でうごめき苦しむ人間。しかし、希望を開こうとする。今も読む者に新たな生命力を与えます。

だから、ベストセラーにもなるのですが、翻訳で読む私たちは、そういう点で新しい現代的な翻訳で読む必要があると思います。

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  • 編集日時:2008/2/26 13:09:50
  • 回答日時:2008/2/25 02:02:28

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