解決済みの質問
40歳の昭和天皇は直接青年将校の話を聞くことはなかったのですか?
40歳の昭和天皇は直接青年将校の話を聞くことはなかったのですか?
歴史の本、テレビ新聞では、全く出てきません。
40歳の天皇が60-70歳代の将軍や、大臣だけが話し相手、
相談相手、情報源と言うのは不自然だと思うのですが。
40歳の天皇が直接青年将校の話を聞くことはなかったのですか?
実際の戦争指揮は高齢者がやっていたのですか?
ちなみに わが社では、新社長の息子40歳は自分の仲間
40歳以下の若い人の意見しか聞来ません、
極東軍事裁判被告
荒木貞夫
板垣征四郎
梅津美治郎
大川周明
大島浩
岡敬純
賀屋興宣
木戸幸一
木村兵太郎
小磯国昭
佐藤賢了
重光葵
嶋田繁太郎
白鳥敏夫
鈴木貞一
東郷茂徳
東條英機
土肥原賢二
永野修身
橋本欣五郎
畑俊六
平沼騏一郎
広田弘毅
星野直樹
松井石根
松岡洋右
南次郎
武藤章
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- 質問日時:
- 2008/2/27 10:00:27
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- 解決日時:
- 2008/3/13 04:41:58
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ベストアンサーに選ばれた回答
あなたは天皇と言う存在にちょっと誤った認識をもっているようです・・・。
天皇、特に当時の天皇は「国体」と呼ばれていました。
現代の自由主義社会を生きる私達にはわかりにくいですが、天皇は国家そのものだったのです。
そして国家の運営を担うのは今も昔も年長者です。
昭和天皇と社長さんのご子息を同列に考えることは適当ではありません。
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- 回答日時:2008/2/27 10:04:36
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ベストアンサー以外の回答
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質問とはちょっとずれますが…
>逆に言えば将軍や大臣だけとしか話せなかったので戦争が起こったとも解釈できます。
この意見には疑問が残ります。
当時の青年将校は、年長の将軍元帥が甘やかしていたので随分と増長していたという話を聞きます。
たとえば満州事変後の国連脱退について宇垣一成は
「軍部一部の短見者流の横車に引摺られて青年将校でも述べそうなことをお先棒となりて高唱し 何等の策も術もなく 押の一手一点張り 無策外交の極致」(『宇垣日記』)
と述べていますが、当時の青年将校の主張がどういうものだったかという事の間接的証左になるでしょう。
指揮官を無視して暴走する青年参謀の姿は、大東亜戦争にも散見されます。
まぁ満州事変において「司令官、或いは政府の意思を無視したとしても、功さえ挙げれば罰を受けない所か出世できる」
という前例ができてしまったのでさもありなんですが。
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- 編集日時:2008/2/27 23:20:52
- 回答日時:2008/2/27 23:16:31
ohyan01さん
当時の天皇はまさに「神」と同等の存在として扱われていて、
天皇の顔を見るどころか、声を聞くだけでも恐れ多いという時代でした。
(終戦の詔をラジオで流した時も「玉音放送」と呼んで歴代天皇の中で初めて国民に声を聞かせました)
そんな時代に青年将校が直接天皇と話をするどころか同じ場所にいることさえ出来なかったので
当然、天皇は青年将校の話など聞ける訳ありませんでした。
逆に言えば将軍や大臣だけとしか話せなかったので戦争が起こったとも解釈できます。
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- 回答日時:2008/2/27 10:15:50

