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古典の和歌に詠まれる旧暦の月で、「四季」をどう受け止めたらいいか困っているこ...
古典の和歌に詠まれる旧暦の月で、「四季」をどう受け止めたらいいか困っていることがあります。
旧暦だと今でいう夏がほとんど秋だったりしていますが、鑑賞するとき混乱してしまっています。
詳しくいえば次の通りです。和歌を解釈するとき、旧季節になおすと、印象が変わってしまいます。
旧暦の季節 春⇒1月・2月・3月 夏⇒4月・5月・6月 秋⇒7月・8月・9月 冬⇒10月・11月・12月
・窓近きいささむら竹風ふけば秋におどろく夏の夜の夢[新古今]
これは旧暦の季節だから、今になおすと、春だったがもう夏が始まろうとしている、ということになるのでしょうか?
文字通りに、6月から8月の夏が、もう涼しい秋になろうとしてると受け取るのは、間違った解釈なのですか?
・見渡せば花も紅葉もなかりけり浦の苫屋の秋の夕暮れ
以前は、秋ですから当然紅葉はあるが、その苫屋付近にはなくて、それを詠んでいると思っていたのですが、
旧暦秋を今におきなおせば夏になりますから、花も紅葉も当然咲いていない季節を詠んだということでしょうか?
旧暦のほうが季節感があるからいい、いまいちど旧暦の良さを実感しようという人がいますが、たとえば7月8月を秋と思うのが
どうして季節感を感じることなのか、理解できません。
どなたか教えてくださいませ。
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- 質問日時:
- 2008/3/10 13:56:17
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- 解決日時:
- 2008/3/11 03:27:21
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- 回答数:
- 3
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ベストアンサーに選ばれた回答
旧暦の月の季節を新暦の季節の月に読み替えることを,
季節そのものの読み替えと混同していますね。
旧暦だろうが新暦だろうが春は春,夏は夏,秋は秋,冬は冬で同じです。
旧暦と新暦の暦日は1~2ヶ月ほどずれるので,季節の月が違うだけです。
...................〔旧暦〕.........................〔新暦〕
春・・・1月・2月・3月・・・・・3月・4月・5月
夏・・・4月・5月・6月・・・・・6月・7月・8月
秋・・・7月・8月・9月・・・・・9月・10月・11月
冬・・・10月・11月・12月・・・12月・1月・2月
>旧暦だと今でいう夏がほとんど秋だったりしています
有り得ません。旧暦でいう夏は4月・5月・6月ですが,
新暦では6月・7月・8月に相当するということであって,
夏は夏です。
なお,旧暦の7月・8月は月だけで見れば夏のように
思えますが,新暦では9月・10月であって秋です。
>・窓近きいささむら竹風ふけば秋におどろく夏の夜の夢[新古今]
>これは旧暦の季節だから、今になおすと、春だったがもう夏が始まろうとしている、といことになるのでしょうか?
有り得ません。夏は夏であり,旧暦なら4月・5月・6月,新暦なら6・7・8月です。
歌意からいえば夏の終わり(旧暦で6月末,新暦で8月末)の頃の初秋を歌っています。
>・見渡せば花も紅葉もなかりけり浦の苫屋の秋の夕暮れ
>旧暦秋を今におきなおせば夏になりますから、花も紅葉も当然咲いていない季節を詠んだということでしょうか?
有り得ません。秋を夏に置き換える必要は全くありません。秋は秋であり,旧暦では7~9月,新暦では9~11月です。
旧暦で1月とか2月とかと出てくる場合は,その月よりも2ヶ月を加えて新暦に換算しますが,
和歌などに春とあれば春,夏とあれば夏,秋とあれば秋,冬とあれば冬です。
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- 編集日時:2008/3/10 20:57:25
- 回答日時:2008/3/10 19:20:16
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ベストアンサー以外の回答
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窓近き(夏歌257)は、建仁元年(1201)四月三十日(新暦なら6月上旬)に『竹風夜涼』という題の歌合で、「竹が風にそよいで涼しかったので秋かと思ったら夏の夜の夢だった」という意味
見渡せば(秋歌上363)は西行が勧めた二見浦百首で源氏の明石帖をモチーフに「見渡したら目立つ様な桜や紅葉は無いけれど浦の粗末な船小屋の秋の夕暮れは心が動きます」という意味
明治になって暦が変わり人々は季節感が変わったので大変戸惑いました
それから140年これに慣らされ気象庁の季節区分もあり現代人の感覚だと違和感がありますね
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- ケータイからの投稿
- 回答日時:2008/3/10 20:40:29
no_881さん
まず第一に、「旧暦・新暦」と「季節感の濃淡」は、無関係だと思います。
新暦・旧暦に関わらず、
立春から立夏前日までが春、
立夏から立秋前日までが夏、
立秋から立冬前日までが秋、
立冬から立春前日までが冬、
というのが、日本人が持っていた季節感です。
これは、気温の高低よりも太陽の運行を重視した季節の区切り方です。
太陽の見かけの運動を、
太陽黄経315度~45度が春、45度~135度が夏、
135度~225度が秋、225度~315度が冬、と機械的に四等分しただけです。
実際の気温の変動は、太陽の動きに遅れて推移するものですから、
春というのにまだ寒い、秋というのにまだ暑い、ということは普通に起こります。
それでも、立春の後の寒さは、それ以前とは何か違う、という風に、
季節の「兆し」を重視しようという区分けだとも言えます。
「秋来ぬと目にはさやかに見えねども風の音にぞ驚かれぬる」
の感性こそが、古典時代の日本人の季節感を代表するものだと思います。
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- 回答日時:2008/3/10 14:57:49


質問した人からのコメント
季節を読み替えることとは違うのですね。無意識にそう考えていて、ご指摘されて
目が覚めたような気がしました。高校時代の古典の授業でそう思いこんでいましたのでやっと分かって安心しました。これで心おきなく古典や和歌が鑑賞できます。
ありがとうございました!