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西武線の駅名、 「狭山・狭山ヶ丘・東村山・拝島・八坂・小川・西武立川・国分寺 ...

ttt25okさん

西武線の駅名、
「狭山・狭山ヶ丘・東村山・拝島・八坂・小川・西武立川・国分寺
ひばりヶ丘・久米川・保谷・中村橋」
という山・丘・島・坂・谷・川・寺・橋は実際に在る(在った)んですか?

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machimiya2000さん

狭山・狭山ヶ丘
狭山丘陵に由来します。「狭山」という特定の山は存在しません。

東村山
「村山」地域の東側にあったことに由来します。「村山」という山は存在しません。

拝島
多摩川の中州に大日如来像が流れ着き、村人がこの像を拝んだのが由来とされています。これが史実ならば、「拝島」の「島」は多摩川の中州を指すことになりますが、例えそうであっても島自体が「拝島」と呼ばれていたわけではないでしょう。
ちなみに、市名の「昭島」は「昭和」と「拝島」の合成地名です。

八坂
八坂神社に由来します。八坂神社は素戔嗚尊を祭る全国の神社につけられる名前で、国分寺線からも鎮守の森が見えるはずです。京都の総本社の「八坂」は地名起源であり、地名の「八坂」は坂が多いことから名づけられたようです。いずれにしても、八坂駅周辺に「八坂」という地名は存在しません。

小川
明暦年間に当地を開発した小川九郎兵衛に由来しますので、「小川」はもと人名です。小川家は今も地元の名家です。
市名の「小平」の「小」はこの「小川」からとられています。

西武立川
多摩丘陵から多摩川が縦に流れているように見える辺りの流域を「立川」と呼んだようです。従って、「立川」は「多摩川」を指しますが、多摩川自体が「立川」と呼称されていたわけではありません。

国分寺
聖武天皇の命で各地に建立された国分寺の一つです。旧国分寺は分倍河原の戦いで壊滅し、その後新田義貞の寄進により武蔵国分寺として再興されましたが、規模は旧国分寺には及びません。従って「国分寺」という寺は過去に存在したと言うこともできるし、今も存在するとも言えます。

ひばりヶ丘
戦後の団地開発の際につけられた瑞祥地名です。いくらイメージ先行の歴史の浅い地名であるとはいえ、地名には違いないので、「ひばりヶ丘」という丘は存在すると言っていいのでしょう。

久米川
現在の柳瀬川は中世「久米川」と呼称されていました。従って、「久米川」という川は過去に存在しました。

保谷
江戸前期には穂谷と書かれていた通り、典型的な地形由来の地名です。「渋谷」が谷と認識されているわけではないように、現在「保谷」という地名が谷の名前として認識されているわけではないのでしょうが、谷であることには違いないので、現在も存在すると言ってよさそうです。

中村橋
千川上水に架かる橋として存在しましたが、現在は暗渠化され、存在しません。従って、「中村橋」という橋は過去に存在しました。

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  • 編集日時:2008/10/9 22:14:00
  • 回答日時:2008/10/9 01:28:41
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ベストアンサー以外の回答

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kichijojiwomanさん

西武立川・・・川はありません。歴史的に見ても「川」からとったものではありません。(立川市の由来)

国分寺・・・武蔵国分寺があった地域

拝島・・・多摩川の中州の「島」です。そこがなんだかんだで、拝まれる島なんですって。

小川・・・川があります。

中村橋・・・川にかかってた橋です。千川上水…?

以上。

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